りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

大家さんと僕 これから

 

大家さんと僕 これから

大家さんと僕 これから

 
「大家さんと僕」と僕(番外編本)

「大家さんと僕」と僕(番外編本)

 

 ★★★★★

日本中がほっこりしたベストセラー漫画、涙の続編いよいよ発売!
季節はめぐり、僕と大家さんとの楽しい日々に少しの翳りが見えてきた。
僕の生活にも大きな変化があり、別れが近づくなか、大家さんの想いを確かに受け取る僕。
感動の物語、堂々完結。 

 大家さんと一緒にいる時間が楽しかったり少し気詰まりだったり寂しかったり。本が売れて得意になったり誇らしかったり罪悪感を感じたり。
「僕」の心の動きが自分が体験したことのように伝わってきて読みながら一緒に笑って一緒に泣いた。

お別れの時に向かって覚悟を決めていくような時間。
お見舞いに行くたびに弱っていく大家さんを見ているのはつらかっただろうなぁと思う。また家族でもないから遠慮やためらいもあっただろうし、元気な大家さんと二人で暮らしていた時とは全然違う時間が流れていたことがうかがえる。

時に味気なくて寂しすぎる現実にほんのちょっぴりファンタジーで味付け。それが全然いやらしくなくて爽やかなのはこの人の人柄だなぁ。

とても素敵な「これから」だったな。
この人はもっともっと描くべきだと思うな。

愛なんてセックスの書き間違い (未来の文学)

 

 ★★★★★

アメリカSF界のレジェンド、カリスマSF作家
ハーラン・エリスンはSF以外の小説も凄い!
犯罪小説を中心に非SFジャンルの初期傑作を精選、
日本オリジナル編集・全篇本邦初訳でおくる
暴力とセックスと愛とジャズと狂気と孤独と快楽にあふれた
エリスン・ワンダーランド!

「父さんのこと、殺す」痩せた少年の緑色の瞳は飢えたようだった……孤独な男と孤独な少年の出会いを痛切に描く「第四戒なし」、成功した作家が体験するサイケデリックな彷徨譚「パンキーとイェール大出の男たち」、閉ざされた空間に幽閉される恐怖を華麗な筆致で綴る「盲鳥よ、盲鳥よ、近寄ってくるな!」、〈ジルチ〉がある小説を書け!と命じられた新人作家の苦悩とは? 爆笑のポルノ小説「ジルチの女」、ギャング団潜入取材を元に書かれた「人殺しになった少年」、グルーヴィな筆致が炸裂するエリスン流ジャズ小説「クールに行こう」など、カリスマSF作家エリスンによる犯罪小説・ポルノ小説・ジャズ小説・ハードボイルドといった非SFジャンルの初期傑作を精選した日本オリジナル短篇集(全11篇、すべて本邦初訳)。

なんていかしたタイトル。これは最後の二編の中に出てくるセリフ。
暴力的な話が多いけど切実な寂しさが際立つ短編集。

「第四戒なし」
父親を殺したい少年の燃え立つような憎しみと思慕。
「父さんのことを殺す」とつぶやいた少年の言葉に寒気を覚えた男。普段ならだれとも交わらず距離を置いて生きているのに、なぜかその少年に興味を覚え近づいていく。
最初は心を開かなかった少年も男に心を許すようになり、事情を話し、二人はともに行動するようになるのだが…。

静かな筆致で、止められない衝動と衝撃を描いていて、「えええ?」としばし茫然。
救いがないけれど、後味がそんなに悪くないのは、からっとした文章によるものなのだろうか。

「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」
人工中絶の話。こういうのを読むと、アメリカはキリスト教の国なんだな、と思う。人工中絶への抵抗感はおそらく日本よりアメリカの方が強いのだろう。それ故、中絶を行うために闇の医者にかからなければいけない悲劇。
読み終わって、この話を前にも読んだことがあったような気がしたのだが、何かのアンソロジーに入っていた?あるいは似たような物語を読んだことがあったのか?(ありそう)


作家の物語(「ジルチの女」「パンキーとイェール大出の男たち」)は作者自身の経験や想いが投影されてるのかな。突き抜けた面白さがあった。

『字のないはがき』刊行記念 角田光代×西加奈子スペシャル対談

7/23(火)、クレヨンハウスで行われた『字のないはがき』刊行記念 角田光代×西加奈子スペシャル対談に行ってきた。
私のモヤモヤ頭で覚えてる範囲で箇条書き。角田光代さんが「か」西加奈子さんが「に」。
 
・5年ほど前に編集の方から依頼のFAXが来た。大好きな向田邦子さんのエッセイを絵本に!しかも向田さんの妹の和子さんが「文章は角田さんにぜひ」とおっしゃっていると…。編集の人ってこういうことを言えば断られないと思ってるんだよなぁ、そんなことあるわけないのにと思った。(か)
重圧もすごいし自分にできるのだろうかという不安もあるけどこんな素晴らしい企画を断れるわけがないと思い引き受けたものの、なかなか手をつけられなかった。
・それは自分が絵本を作ったことがなかったから。絵本の文章を翻訳したことはあるけれど、自分で文章を書いたことはなかった。だからどういう文章がいいのか、どういう言葉で書けば子供にも伝わるのかわからず、常に頭の片隅にはあったけれど手を付けられなかった。ちょうど「源氏物語をやっている最中でいっぱいいっぱいだったというのもある。
最終的に文章を4パターン作って編集者と和子さんに見てもらった。そこで決まったテキストが西さんに送られて行った。
 
・私も話が来た時は、えええ?できるやろか?無理ちゃう?と思ったけど、もしもこの企画が他の人に行ったらめっちゃ悔しいやん!と思って引き受けることにした。(に)
・絵を描くときに自分で決めたことがいくつかあって、そのうち一つは、私って作品に自分がぐいっと出るタイプ。私の絵も文章も「これが西加奈子や」っていうのがグイっと出る。それはそうなってしまうというのもあるけれど、もうあたしはそうさせてもらうで!と自分のスタイルにしてしまっている部分もある。
でも今回の絵に関しては自分は出さないようにしようと思っていた。向田さんのエッセイを角田さんが文章にした、その世界を壊さないように…自分を出さないように、それは心がけた。
・あと、自分は戦争体験者ではないし、戦争っていうのは描くのがとても難しい…デリケートな部分があるから…戦争を描いてるんやで!というのを前面に出さないようにと思っていた。そもそも向田さんのエッセイがそういう風に描かれてなくて、フツウの生活の中に戦争が起きて日常がこんな風に変わって壊されていった…という描き方をされているので、自分もそういう風に向き合いたいと思った。
・だから、戦争のシーンを描くのに、戦争の時と戦争が終わった後とで同じ建物のシルエットを描いて、その上の空が戦争の時は赤く燃えていて、戦争が終わった後は青空…そういう風に描いた。
・絵本ができて、編集者と角田さんと和子さんとお疲れ様会をした時に和子さんからそのことを言っていただいた時はもう本当に嬉しくて…今もその言葉は自分にとって宝物。
 
自分は22歳の時に編集者に勧められて向田邦子さんの作品を読んだ。エッセイはすとんと心に入ってきたけれど、小説の方は難しいな…22歳の自分にはまだ理解できないものがあるな、と感じた。(か)
・向田さんは脚本家だからやはり絵が浮かんでくる文章。例えばエッセイで…電車に乗って中野駅を通り過ぎた時に、木造のアパートの窓に一人の男がぼんやり外を見ていてその隣にライオンがいた、というのがあるけど、それを読んだ時確かに私には男とライオンが見えた。今も見える。
向田さんは考えてみればとても華やかな世界にいた方だから本当は雲の上の人なのに、目線が私たちのところまで降りてきている。上から見下ろすでもない、下から見上げるでもない、同じところにある目線。だから読んでる側があたかも自分が経験したかのように記憶しているのではないか。
 
・角田さんは、もし今も向田さんが存命だったら会ってみたい?(に)
・いやです。怖いから。怖い人だと思う。いや会ったら怒られそうとかそういう怖さではなく、自分が震え上がると思うから。柱の陰からこっそり見るぐらいがいい。(か)
・わかる。私もそう。私だったら…打ち上げの席で隣の隣ぐらいに座っていて、たまに話してる声が聞こえてくるのをこっそり聞いたり、「はい、きゅうりあるよ」ってお皿を手渡されたい。(に)
 
・さっきも言ったけど私は文章に自分がグイっと出るタイプ。しかも最近は表紙も自分で描いていてどんだけ自分やねん!って感じだけど、角田さんの文章は自分が前に出てきてない。前にお話した時に、極力自分が出ないようにということを心掛けて書いているとおっしゃっていたけど、それはいまも?(に)
・私は〇〇年(忘れた…)までは自分の文体というものを作らなければいけないと思って書いていて、それこそ1行書くのに何時間も考えてどうしたら自分の文体になるか、それを考えて書いてた。それは当時の編集者に「文体を作らないといかん!」といつも言われていたからなんだけど、ある時にもう文体はいい!そうじゃなく、書きたいものをじゃんじゃん書くんだ!と思って、やり方を変えた。それからは極力癖を失くす、平易な文章を心掛けて書いてる。今もまだそれは変化の途中。(か)
 
「角田さんは向田邦子の年を越えましたね」と西さんに言われて。
・そう、信じられないことに。(か)
向田さんの小説ってすごい大人のことが書かれているという印象が強くて、22歳の時に初めて読んだ時、「ああ…私にはまだわからないな」と思った。それから30代、40代、50代になって読むけどやっぱりいつも自分より大人に感じる。恋愛のことなんかも書かれていない部分に何かあるような…自分にはわからない大人の何かが…。(か)
・それはわかる!書いてないねんけどなんかありそうやねん。私には分からない大人の恋愛…。フツウ恋愛書くときって、恋愛やで!!って太字になるやん。それがそうじゃない。明朝体のまま!(に)。
・このお話をいただいて書いている時に、ああ自分は向田邦子さんと同い年の時にこういう仕事をしていると思ったらすごい感慨深くて…これはきっとこの先の人生で何度も思い出す…すごいことだ、と思った。(か)
 
 
「今回の絵本で角田さんが印象に残っているページは?」という質問。
人がほとんど描かれていないのにその気配や息遣いが伝わってくる、そこが最初に見た時にすごいと感じた。(か)
・この仕事はとても静かに始まった。ファックスで依頼が来て私が文章を書いて、それを渡された西さんが絵を描いて。
私と西さんは飲み友達だからこの作業期間中に会う機会もあったけれど、絵の進み具合とか内容については聞いちゃいけない、と思って決して口にはしなかった。なんでだかわからないけど、そんな風にしていた。
・それでも出来上がってみたら、イメージが不思議と一致していて。それはすごいな、と思った。
 
人は描かずに玄関の下駄で表現するというのは最初から決めていたのか」という質問。
・玄関にしようと思ったのは…最後のシーンで、いつもは厳しい父親が小さい妹が帰って来たと聞いて下駄をはかずに飛び出して行った、というのがとても印象的だったから…それで描こうと思った。(に)
・(たんぽぽの絵について)色は混ぜれば混ぜるほど寂しくなると感じていて、だから極力混ぜずに描いた。
・(父が妹を抱きしめるシーンについて)あそこは…うちの旦那に1歳になる子供を抱いてもらってそこをスケッチした。その時感じたのは、抱きしめてるのは親の方だけど、抱きしめられてる子どもの方が強いねんな、っていうこと。そこを描きたいと思った。
 
(質疑応答:「絵や文章で、ここまで書けばもう完璧だ、と自分で納得する線引きはどこ?」)
・絵だともうこれ以上描けへん!ってなる。文章は…難しいけど、でももうこれ以上のことはできん!というのがなんとなく感覚として…ずっとやってると見えてくる…かな?(に)
・これでいい!と納得することはない。手元にあったらいつまででも手を入れたくなる。だから締め切りというのがある意味ではゴール。(か)
 
(質疑応答:「書くのがいやになったことはないのか。その時どうやって気持ちを立て直したのか」)
・一度本当に書くのがいやになったことがあった。それは酷い批判をがんがん書かれたから。心が折れて書きたくないと思って3ヶ月休んだ。だけど3ヶ月たったら書きたくなって、もう何を言われてもいい!と思った。それからは書きたくないと思ったことは一度もない。(か)
・まだ一度も書きたくないと思ったことがない。作家っていうのはとてもフェアな仕事。私より10年先輩の角田さんの本も私の本も文豪の本もみんな値段が一緒。これってすごい平等じゃない?そういうものって他にあるかな?CDとかもそうか。すごくいい世界に生きてるって思ってる。これから先書きたくないと思って休むことがあるかもしれないけど、その時はまた書けなかったときのことを書くと思う。(に)
 
(質疑応答:「向田和子さんの言葉を聞かせてもらいたい」)
最前列に座っていて時々角田さんや西さんと目を合わせてうなづいたりされていた和子さんが壇上に。
10年ほど前に私は向田の書いたエッセイを絵本にしたいと思うようになった。いろんなところにお願いして…どこも作ってくれないなら自費出版しようと思った。その時に文章は角田光代さんにお願いしたいと思った。そうしたら小学館さんがやりましょうと言ってくださった。
・出来上がったものを見て驚いたのは、戦争の時私は本当に小さかったけれど…覚えているのは空が真っ赤に燃えていて…子供心に恐ろしいことが起きていると感じた。それが戦争が終わった後は青い空にもどった。そのことが絵本に描かれていたこと。それがうれしかった。
・それから父に抱きしめられたシーン。私はそこに父と自分の顔が描かれていたら自分はどう感じるんだろうと怖かった。それがあんなふうに書かれていて…。3人で顔を合わせて「こうしてくれ」と頼んだりしていなかったのに、私の想いが伝わったことの不思議を想った時に、ああ、これはもしかすると向田(邦子)がそうしてくれたのかもしれないなぁと思った。
・本当にありがとうございました。これ以上のものはもう出来ないと思っているので、もう二度と絵本は作りません(笑)。
 
--------------------------
私の記憶で書いたのでニュアンスが違うところもあったかも。
西さんの表現が秀逸でいちいちおかしくて(「作家によってはこうぐいっと前に出るやん。ページから顔出てるやん。」)大笑い。本当にサービス精神が旺盛で明るくて楽しい。
角田さんはどちらかというと聞き役になっていたけれど、時々放つ言葉に芯の強さが見えて痺れる…。
ほんとに好き、このお二方。
そして質疑応答で和子さんが壇上に上がられて話をされたのがもう本当に感激で…聞いていて涙が出てしまった。素敵だった…。
 

柏枝ジャパン

7/22(月)、お江戸日本橋亭で行われた「柏枝ジャパン」に行ってきた。

・伸び太「ぜんざい公社」
・風子「鷺とり」
・柏枝「道具屋」
・米福「愛宕山
~仲入り~
・芝楽「のっぺらぼう」
ボンボンブラザーズ 曲芸
・柏枝「ラーメン屋」

伸び太さん「ぜんざい公社」
伸治師匠の5番目のお弟子さんとのこと。
多いなぁ、伸治師匠のお弟子さん。でもわかるなぁ。私も入門するなら伸治師匠がいいなぁ。って入門はしない(できない)けど。
「ぜんざい公社」は私の中でかなり嫌いな噺なんだけど、面白かった!なんだこりゃ。
誰に教わったのかわからないけどいつも聞く形とは少し違ったギャグが入っているというのもあるんだけど、なにより伸び太さんの独特の間というかフラというか、それがすごくおかしくて思わず「ぶわはは!」と笑ってしまう。
なんだなんだこの子、おもしろい。注目の前座さんだな。

柏枝師匠「道具屋」
師匠の柳橋師匠がこのたび副会長になりました、と言うと会場から大きな拍手。
「いや私は別に関係ないんですけどね…でも突然でした。楽屋の噂とかも全くなく」。
で、自分の最初の師匠は先代の柳橋。こちらもある時に理事になり、その後やはり楽屋の噂もなかったのに副会長になりました。
ということで…私が何を言いたいかと申しますと…女性のお客様もいらっしゃるので大変言いにくいのですが…私はかなりの…上げチンです。

…ぶわははははは!!!言うと思った(笑)!!
柏枝師匠ってハンサムだし喋り方や佇まいもきれいなんだけど、なんかおかしいんだよなぁ…。

そして出演者の紹介をしたあとの一席目は「道具屋」。道具屋がなんでこんなに面白いんだ?!謎なんだけど。えらい面白い。
与太郎が独自なんだな。わざとらしいバカじゃなく、ふるまいや喋り方なんかは極真っ当なんだけど、思考が独特。バカじゃないけど変。
噺を大きく変えてるわけじゃないんだけど、この与太郎の独特の雰囲気がすごくおかしくて、笑った笑った。楽しかった~。


米福師匠「愛宕山
きっと噺家さんは最近みんなまくらで話題にしてるんだろうね「闇営業」。
最近聞かれることが多いです。「行ってみたら反社会勢力の仕事だった、ってことありますか?」。
ああいうのは…まぁ本業の落語とか漫才とかをやるんじゃなくて、パーティの大喜利とかそういう内容で…呼ばれるのは売れてる人に限りますから、私なんかは呼ばれる心配は全くないです。
それでもまぁいろんな仕事がありますから…行って見てびっくりするなんてことはいくらでもあります。
と言って、神社の賽銭箱の前で落語をした時の話。最初から最後までめちゃくちゃ面白かった!ちゃんとサゲもあって。(詳しく書いていたけど、こういうの営業妨害と思われてしまいそうだから削除…)

ここでどっかん!とウケたら「ここがおそらく今日の高座のピークです」にまた大笑い。
そんなまくらから「愛宕山」。
一八が調子が良くてほんとにご機嫌~。
しぐさも大きくてにぎやかで楽しい~。
楽しかった。


柏枝師匠「ラーメン屋」
とてもとてもよかった。
ラーメン屋のおやじさんとおかみさんが最高。
これって人情噺だけど、柏枝師匠のおやじさんはどこかちょっと不思議っていうか読めないところがあって、そこが暗くなりすぎず思わず笑ってしまう感じで落語っぽくてとっても楽しい。

最初から最後までほんとに楽しかった、柏枝ジャパン。
行ってよかった。

 

ぼくを忘れないで

 

ぼくを忘れないで (海外文学セレクション)

ぼくを忘れないで (海外文学セレクション)

 

 ★★★★

ぼくには仲良しの兄・サイモンがいた。でも死んでしまった。ぼくはサイモンに会いたくてたまらない。19歳になったマシュー・ホームズは、統合失調症の治療の一環として、自分自身について書いている。大好きだった兄サイモン、ダウン症だった彼の死は、幼かったマシューの思いつきがもたらしたようなものだった。罪の意識に苛まれるマシュー。彼には「ぼくを忘れないで」というサイモンの声がいつも聞こえている。精神科病棟の看護師だった著者だからこそ書ける、病める青年の苦しみ、不安、喜び、そして家族のこと。サイモンとマシューの兄弟を、あなたは忘れることができないだろう。コスタ賞の新人賞と大賞を同時受賞した傑作小説! 

タイトルから伝わってくる切実さが小説全体にも漂っている。

主人公マシューは、兄サイモンの死は自分のせいだという罪悪感を抱えて生きている。そのため親とも決別し独りぼっちで生きている。

サイモンが抱く罪悪感はこの先も決してなくなることはないのだろうと思う。
サイモンのことを100%信じきることができない両親の会話が胸に突き刺さる。お前のせいじゃないと言ってやりたい気持ちと責める気持ち。
それだけに壁に書かれた読まれるつもりのない父からのメッセージにはジーンときた。

精神を患った主人公の言葉で語られているので支離滅裂だったり露悪的だったりもするのだが、時々垣間見られる彼の純粋さと孤独が辛い。
一進一退を繰り返しながらもいつの日か自分を許せたらいいと思う。 

郝景芳短篇集 (エクス・リブリス)

 

郝景芳短篇集 (エクス・リブリス)

郝景芳短篇集 (エクス・リブリス)

 

 ★★★★★

SFと詩的な視覚表現の融合。中国社会と現代都市の奇想天外な投影。ヒューゴー賞受賞「北京―折りたたみの都市」ほか、社会格差や高齢化、エネルギー資源、医療問題、都市生活者のストレスなど、中国社会を映しだす全7篇。 

面白かった。「北京―折りたたみの都市」はケン・リュウ編アンソロジーのタイトルにもなっていたので気になっていたのだが、抒情的なSF(あくまでも私の印象)でとても好みだった。格差社会をこのような形で見せられるとは。読み終わってしばし茫然。

一番好きだったのが「弦の調べ」と「繁華を慕って」。特に「弦の調べ」のクライマックスシーンの美しさ。都市が折りたたまれていく様子や宇宙に向かって弦の調べがどんどん大きくなっていくところ…ストーリーは忘れてもそのイメージは頭に残る気がする。「繁華を慕って」で意外な真相が明らかになる仕掛けもよかった。

 

昼八ツ落語会

7/20(土)、UNA Galleryで行われた「昼八ツ落語会」に行ってきた。

一部
・さん助 ご挨拶
・さん助「蝦蟇の油」
・さん助「手水廻し」
~仲入り~
二部
・さん助「だくだく」
・さん助「夏の医者」


さん助師匠 ご挨拶
鈴本演芸場8月下席夜の部のトリをとることが決まったさん助師匠(バンザイ!!)。
昨日顔付けが決まったとお知らせをいただいたのでそれをどうしてもみなさんにお伝えしたくて、とUNAさんにお願いして作っていただいたチラシを珍しく宣伝。
「私以前は自分のトリの芝居の宣伝をするなんてカッコ悪いと思っていたんですね。でも初めて鈴本のトリをとったとき、袖からお客様がどれぐらい来ていただいているか覗くのが本当に怖くて怖くて…。だからもうなりふり構っていられないです。とにかく来てほしい。本人が無理なら誰かをよこしてほしい。落語に興味なくてもなんでもいいんです、その場に座ってくれてさえいたら」。

…ぶわはははは。
ほんとにそうだよなぁ。今は昼の部は結構安定してお客さんが入るけど、夜の部は少ない時はほんとに少ないから。私は通うつもりだけど、(数少ない)友達にもできるだけ声をかけて行くようにしよう。


さん助師匠「蝦蟇の油」
おお、さん助師匠の「蝦蟇の油」は初めて。
こういう口上を覚えられるなんて落語家さんってすごいなぁ…(←おバカな感想)。
酔っぱらってからのごちゃごちゃ加減がなんかおかしい。
「何枚切ったっけ?」「なんかもう…めんどくさくなっちゃった」は蝦蟇の油売りじゃなくさん助師匠の本音か?(笑)

二ツ目の時に覚えて2回ほどやったんだけど、一度絶句してしまってそれ以来やっていなかったとのこと。

さん助師匠「手水廻し」
反則ギリギリだけどめちゃくちゃ面白い、さん助師匠の「手水廻し」。
大阪から来たお客さんに「手水」と言われて「ちょぅずぅ?」。顔でおかしいってずるいわー。
顔の長い男が顔を抑えながら入ってくるのもおかしいし、一生懸命回すのもおかしい。
笑った笑った。

さん助師匠「だくだく」
この空間で90分聞くのはお客様もきついだろうと思って二部制にしたんですけど、一部で入ったお客様…どなたもお帰りになりませんでした、とさん助師匠。
ありがたいけど手を抜けなくなっちゃった、と。
二部制といえば、船の仕事に行った時は二部制だったんですが、まくらも落語も全く同じにしてください、と言われました。
お客様同士が話をして「あら、あなたの行ったほうが面白かったのね」ということになると良くないから、ということらしいです。
結構これはしんどいです。なんかロボットかなんかになった気持ちになっちゃって。
私、まくらを微妙に変えたら、すぐに注意されました。
でも忘れちゃうんですよ、私、何を話したのかを。そのうち向こうの方もあきらめたみたいで言われなくなりました。
一部で全然面白くなかったのに二部でも同じことして両方が全然面白くなくてもいいのかな、とか…。


…話ながらなんか「素」になって「両方が面白くなかったら」と言って笑ったのが見ていて妙におかしかった。

そんなまくらから「だくだく」。
好きだな、さん助師匠の「だくだく」。
やたらとタンスを書いて欲しがったり、金庫にどことなく気品が漂ってほしかったり、土蔵を書いて欲しがったり、槍だけじゃなくて火縄銃とか手裏剣とか…。ばかばかしくて好き。
「盗ったつもり」の泥棒を見て「…粋だねぇ」にも笑う。
楽しかった。大好きな噺。


さん助師匠「夏の医者」
この噺も好きなんだー。
隣村のお医者の先生を訪ねていくと先生が家にいなくてどこにいるかと探してみると裏の畑で草むしり。
声をかけられると「あと少しでむしり終わるから待ってろ」というのんびりさ。
お前はどこの誰だ?と聞かれて答えると「ああー知っとる知っとる。若いころは一緒につるんどった」「なんとかっていう若いおなごがおって…これがおっぱいの大きなおなごで…二人でここの家に夜這いに行くべぇってことになって…扉が大きく空いていたら行ってもいいっていう合図っていうことで行ってみると半分開いてて、こりゃしめた!って入って行ったらばこーん!!!!って吹き飛ばされて、暑いから開けてただけだって…」。
「そんな話は聞きたくなかった…」。

…ぶわははは!最高だ。

そして山のてっぺんでタバコをふかしながら先生が畑の具合を尋ねるところ。
涼しい風がふわーっと吹いてくるようでのんびりしていてとっても楽しい。こういう表現って落語にしかできない気がして好きなんだー。
先生の関心が畑に向いてることがよくわかってそれも微笑ましい。
うわばみに飲まれてからの先生の落ち着いてること。これもいいな。
楽しかった~。


「だくだく」終わったときに「こういう中ぐらいの噺を4席って疲れる…」と言ってたけど、確かにそうかも。
でも好きな噺ばかり聞けてすごく楽しかった。
次回は8月10日(土)13時開演、とのこと。今度は二部制じゃないらしい?

伝統芸能鑑賞会 文月

7/18(木)、国立演芸場で行われた「伝統芸能鑑賞会 文月」に行ってきた。

・かしめ「鈴ヶ森」
・こしら「片棒(高速)」
・吉笑「ぞおん」
・こしら「前澤友作物語・序」
~仲入り~
・吉笑「前澤友作物語・上」
・こしら「前澤友作物語・下」


かしめさんの「鈴ヶ森」からトリのこしら師匠の高座までが実は一つの大きなストーリーになっているという壮大な仕掛け。
最後に出てきたこしら師匠が「吉笑め!!打合せになかったものをあれこれぶち込んできやがって!!高座降りてきたとき、やりきった!あとは任せた!みたいな顔してやんの。冗談じゃねぇ!!」に大笑い。
壮大なSFチックな展開なのに結局のところまったくもってばかばかしいというのが良かったなぁ。
序で出てきた主人公の「エイトくん」(はっつぁん)が前澤社長を訪ねて行った時に案内してくれた「サンダル部の田中さん」(田中さんだる…さんだるぅ…田中三太夫…)とそこまで仕込みだったとは。

正直途中ちょっと気を失ったりもしたけれど、面白かった。

三人の逞しい女

 

三人の逞しい女

三人の逞しい女

 

 ★★★★

フランス文学最高峰ゴンクール賞受賞作。父に捨てられた弁護士のノラ、移住先で教師の職を捨てなければならなかったファンタ、夫を失ったカディ・デンバ。悩み、悲嘆に暮れ、疑念に駆られ、騙され、無力な怒りに苛まれ、ときに辱められていく三人の女たちの絡み合う生を描く、フランス最重要作家の傑作小説。 

3つの物語が収められている。フランス人の母とアフリカ系の父を持つ弁護士のノラ。アフリカ系の妻を連れてフランスに帰って来てキッチン設備の会社に勤める元教師。夫と死別して義理の親の家を追い出されフランスに渡る女。
どの物語にも共通するのは移民、難民の問題。アフリカ系の人とフランス人で結婚して子どもも生まれるのだが、生活がうまくいかなくなると二人の間がぎすぎすしてきて疑念や迷いや反感が生じてくる。

「逞しい」という言葉で括ることに疑問を感じるほど、ここに描かれる女性たちは傷つき損なわれ無力感に襲われているように見える。しんどいのは何も女だけではないのだけれど、自分の側に選択のチャンスがないこと…いや選択はしたけれど後戻りができないこと、そこに生きづらさを感じる。

しんどい物語だった。

道楽亭出張寄席 柳家はん治・春風亭百栄二人会

7/16(火)、社会教育会館で行われた「道楽亭出張寄席 柳家はん治・春風亭百栄二人会」に行ってきた。
体調が悪くてマッサージを受けてから遅れて入場。

・百栄「寿司屋水滸伝
・はん治「君よ、モーツァルトを聴け」
~仲入り~
・百栄「落語家の夢」
・はん治「妻の旅行」


はん治師匠「君よ、モーツァルトを聴け」
私はこう見えましても小三治の弟子で、本来であれば王道…動物園だったらライオンとか虎とか象とか…そこらへんにいなきゃいけなかったんですが、でも私どういうわけか…ご縁があって新作をやらせていただいたりしておりまして…どちらかというと珍獣の部類…動物園でもこの先に動物いるのかな?というような…奥まったところにある小屋に…バクですとかアリクイですとかカピパラですとか…そこらへんにいるイメージなんでしょうか。だからこういう二人会…珍獣二人というような…。
個人的には大好きです。百栄さん。噺は面白いしね。

…ぶわははは。はん治師匠!大丈夫!もっと自信をもって!(笑)
そんなまくらから「君よ、モーツァルトを聴け」。
この間赤坂の会で久しぶりに聞いたけど、やっぱり面白い。文句なく面白い。
八百屋さんの語る北島三郎のくだり、何度聞いてもおかしい。「うちのかみさんは嫌いなんですよ。鼻の穴が大きいなんて言ってね。でも鼻の穴で歌うわけじゃありませんから」。
…ぶわははは。
あと「なんとかっていうおっぱいの大きいおねえちゃんがやってましたね…。♪おーふろーでスキンケアー♪」。
おずおずと歌いだすのがたまらない。
楽しかったー。

百栄師匠「落語家の夢」
なんといってもこの二人会、百栄師匠がはん治師匠の目の前でこれをやるというのが眼目だったわけで、体調悪かったけどどうしてもこれは見たかったのだ。
ブラックな噺だけど、百栄師匠のあのふにゃふにゃした口調で語られると和んじゃうから不思議だ。
「この子、落語家が大好きで。東京かわら版で年に一度落語家名鑑が出ますでしょ。なんで出すのか意味がわからないやつ。あれを毎晩見て落語家ちゃん落語家ちゃんって…。こちら(鈴本演芸場)で、芸協の落語家ちゃんも買えますか?」
「ああ、うちは…落語協会専門です。」
立川流の落語家ちゃんはどこへ行ったら買えます?」
立川流はですね…志の輔以降の落語家は独立心が旺盛ですからあまり飼うのは向かないですね。個人的にはお勧めしません。」

一度聞いてるけどもうおかしくておかしくて大爆笑。
笑った笑った。

はん治師匠「妻の旅行」
高座返しに出て来た小はださんの表情が絶妙におかしくて(「ひでぇじゃねぇか」と「おかしい!」が混ざった表情)客席から笑いが。はん治師匠のお弟子さんは二人とも師匠愛が強いからなー。
それから出て来たはん治師匠もなんともいえない表情。
「楽屋で前から言われてたんですよ。百栄さんが私がでてくる新作をやってるよ、面白いよって。だから聞いてみたいとずっと思っていて袖で最初から最後まで聞いてたんですが…。4万7千円ですか…。ふっ。…ほんとは古典をやろうと思って用意してきたんですけどなんか…そういう感じじゃないですよね…あの後に…妻の旅行やります」

…おう…はん治師匠ちょっと心折れちゃった?
決してバカにされてるわけじゃないから…ここで用意した古典をばし!っとやってほしかったけど、ここで心折れるのもはん治師匠らしい。心優しいはん治師匠。
テッパンなので大うけで面白かった。ほんとは何をやろうと思ってたのかな。それだけが気になった~。

 

小説という毒を浴びる 桜庭一樹書評集

 

小説という毒を浴びる 桜庭一樹書評集

小説という毒を浴びる 桜庭一樹書評集

 

 ★★★★★

少女小説からミステリ、古典から現代のベストセラーまで、本に溺れる愉しさ。約15年分の書評を通して、桜庭一樹の人となりが見えてくる。人気作家との対談や、書き下ろし書評も収録。 

 桜庭さんの読書日記が大好きなんだけど、これも楽しかった!ほんとに本を読むのが好きな作家さんなんだなぁと思う。そして読むことが書くことに繋がっていて、読むだけの私からするとちょっと羨ましい。

翻訳本も日本の本も新しいものも古いものもジャンルも拘らず読んでいるところもとても好ましくて、あー桜庭さんと本の話をしたいなぁ!と思う。

これを読んで読みたい本がまた大量に増えてしまって、嬉しい悲鳴。
読書メーターに読みたい本と読んだ本を登録しているけど、読みたい本が加速度をつけて増えていくのでほんと大変。(にやにや)

ブックショップ

 

ブックショップ (ハーパーコリンズ・フィクション)

ブックショップ (ハーパーコリンズ・フィクション)

 

 ★★

1959年英国。フローレンスには夢があった。それはこの海辺の町に本屋を開くこと。しかし時代はまだ事業を始めようとする女性に優しくなく、住人や町の権力者からは反対の声が。それでも本への情熱を胸に、フローレンスはついに“オールド・ハウス書店”を開店させる―。人と本との、心揺さぶる物語。 

えええ?こんな結末?なんか読み始めてから想像していたのとはまるで違う展開に驚く。
これが著者の言う世の中は絶滅させる者と絶滅させられる者とに分けられるという世界観を体現した物語ということになるのだろうか。なんとシニカルな…。なんて救いのない…。ちょっと唖然。

いきなり前書きで作者への賞賛の文章が載せられていたり、ライトノベルのような軽いノリでこういう展開になったり…ちょっと私には合わない作品だった。

林家きく麿生誕祭 きく麿のハニーハント

7/14(日)、なかの芸能小劇場で行われた「林家きく麿生誕祭 きく麿のハニーハント」に行ってきた。

・きく麿 ご挨拶
・木はち「子ほめ」
・きく麿「守護霊」
・きく麿「パッション☆ネーブル
~仲入り~
・遠峰あこ アコーディオン漫談
・きく麿「二つ上の先輩」


きく麿師匠 ご挨拶
オープニングだけ撮影可。プーさんの恰好をして登場したきく麿師匠。
この間の独演会の時出てきて小林旭の歌を歌っていたけど、今回はネタもやりますと言って、ぼそっぼそっというんだけど、それがすごいシュールでおかしい。
例えば…片手に持ってる壺に手を入れて「…ぬか床だよ」。
…ぶわはははは。もう最高だなぁ、このセンス。
すごい出オチなんだけどテンションが結構低いのがなんかとってもおかしい。

きく麿師匠「守護霊」
一門の話や師匠の話や…時々毒を吐いたり…長めのまくらから「守護霊」。

しゅわしゅわしゅわしゅわ…言いながらまじめな顔をしてお祈りしてはあたりを見渡す少年。
何をやってるのか気になってベッドの上から「なにやってんの?」と声をかける弟。
もうこの兄弟のやりとりがめちゃくちゃおかしい。
弟の一言に反応して沸騰して最後は「はい!死亡!」というお兄ちゃんのばかばかしいくらいの子供らしさと憎たらしさといったら。
でも憎たらしいけどかわいい。それが不思議。なんだろう、きく麿師匠って。永遠の小学生男子?(笑)
あまりのうるささにやってくる父親が「おかあさんが怒ってる」とここには登場しないおかあさんを気遣う不思議。それが後の方のセリフで「それでか!」となるのがもうたまらなくおかしい。
久しぶりの「守護霊」、以前見た時よりパワーアップしてた。すごい。


きく麿師匠「パッション☆ネーブル
アイドルが好きだったというきく麿師匠なんだけど、好きだったというアイドルが結構ディープでちっともわからない(笑)。それがまたおかしい。
「パッション☆ネーブル」前に一度見たことがあったんだけど、やっぱりこちらもパワーアップしてる!
もう解散してしまったアイドルグループを今も愛し続ける二人の男。毎日スーパーの駐車場で応援の練習に励む。この応援のB級感がもう…。こういうセンスがすごいんだなー。なんだろう。音感?(笑)
仲入り前に燃え尽きるほど笑ってしまった。


きく麿師匠「二つ上の先輩」
これは初めて聴く噺。
めんどくさい先輩に呼び出されてる二人の男。嫌々家に行くんだけど…確かにこの先輩めんどくさい。
というか、そもそも先輩って?この人たちいったいなに?
この3人の関係が後から明らかになり、次の日に先輩から「背筋がぞっとするような怖い話をしろ」と言われた二人が、訳あって(!)怖いと思わせて全然怖くない話をするところ…これがもうめちゃくちゃおかしい!!
予測がつかない展開で面白かった~。

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あれも凌鶴、これも凌鶴 第5回

7/13(土)、道楽亭で行われた「あれも凌鶴、これも凌鶴 第5回」に行ってきた。

・凌鶴「蒲生三勇士~村上大助誕生」
・凌天「一休禅師鍵屋の棟札」
・凌鶴「前田長吉」
~仲入り~
・凌天「安宅郷右衛門」
・凌鶴「お掃除ホームレス」


凌鶴先生「蒲生三勇士~村上大助誕生」
初めて聴く話。
小田原城下に、松井祐太夫という男が剣術を教えて暮らしている。
松井が下男の伴助に「自分は家宝になるような刀を手に入れたいと思っている」と相談すると伴助は「それならばこの小田原に安井四郎清兼という刀鍛冶の名人がいるからその人に作ってもらったりいいのではないか」と答える。
「しかし安井は大変な偏屈で変人。それにもってきて先生(松井)も偏屈で変人。変人対変人の対決になるとまとまる話もまとまりません。ですから先生、安井の所へ行ったらくれぐれもいつものように短気を起こすことはありませんぬよう」と言う伴助に「わかっとるわかっとる!」と松井。

二人で安井宅を訪ねると、今家には自分一人しかいないから勝手にあがってこい、と安井。
安井を前にして、松井が丁寧に「刀を作っていただきたい」と頭を下げると、「(自分は)商売で刀を作っているのだから頭を下げる必要はない」と早速偏屈らしい反応。
刀を作ってもらいたい松井は平身低頭でどうにか機嫌を損ねないように刀を作ってもらう承諾を得る。
しかしその刀、いつできるのかもいくらになるかも分からないと言う。自分の気が乗れば数日でできるし気が乗らなければ何か月もかかる。費用もできた刀次第であるからわからない。
それでも結構ですと言って帰って来た松井だが、20日ほどすると刀はどれぐらいできているのか気になって仕方ない。
それで伴助に探りに行かせると、安井は「あと20日ほどかかる」と言う。
それでまた20日経ってから二人で行ってみると、刀は完成したと言う。
300両用意した松井が値段を尋ねると「30両でよい」と言う。大喜びの松井が「その刀は斬れるのでしょうな」と問うと、安井は顔色を変えて丸太をスパッと斬り落とし、「斬れない刀を作るわけがないではないか」と言い、刀を取り上げて30両を返し、二人を追い返してしまう。
ああ、しまった、しくじったと後悔しても後の祭り。
どうしてもあの刀を諦めきれない松井は、安井家に出入りしている酒屋の六兵衛を呼びつけて、安井が個人的に欲しがっているものはないのか、と尋ねる。
すると六兵衛は「安井は女房を欲しがっています」と言う。
器量なんかはどうでもいい、とにかく力持ちで、重い槌を持ち上げられるような女がいい、と。
それを聞いた松井は、自分には妹がいるが、これが器量は良くないが大変な力持ちなのだ、と言う。
呼ばれて出てきた妹が…。

 

松井家に仕える伴助が明るく軽くてとても楽しい。
松井とのやりとりも主人を恐れるようなところがまったくなく「先生も変人」とか「変人対決はあちらの方が上でしたな」とか軽口を叩くのがおかしい。
様子を見に行けと言われて酒を催促するのも、またそれを安井に見透かされるのもおかしい。
妹がどしーんどしーんと音を立てて登場するのもおかしいのだが、これゆえ今ではあまりされなくなったのだろう、とのこと。
凌鶴先生は古典もいいんだよなぁ。そういえば私が初めて凌鶴先生を見た時も古典だったな。
楽しかった~。

 

凌鶴先生「前田長吉」
伝説の騎手、前田長吉の半生を描いた新作講談。
もともと農家の倅で馬の扱いに長けていた長吉が上京して厩舎に入り見習い騎手となる。
デビュー戦でいきなり優勝し、その後も自分の厩舎以外の馬も乗りこなし、見習い騎手1年目にして見事な成績をおさめる。
その後、自厩舎のクリフジという牝馬に乗るようになり、デビュー戦から快勝、東京優駿では優勝を果たし最年少優勝記録を残す。
見習いから正規の騎手になれたのもつかの間、長吉は徴兵されて戦争へ。その後シベリヤに抑留される…。

…目覚ましい活躍をした騎手が徴兵によって馬に乗ることができなくなってしまうなんて本当に悲しい。生きていたらその後どれだけの功績を残したかわからないのに。
クリフジが優勝した後、ウォッカが優勝するまでの間の馬の名前の言い立ては…うーん、すごい記憶力。私のせいで気を散らせてはいけないと目のやり場に困ってしまった(笑)。

凌鶴先生「お掃除ホームレス」
タイトルを聞いて以来ずっと聞きたいと思っていた話。
南武線谷保駅の周辺で暮らすホームレスのサトウさん。ある日、タクシーの運転手に「ここらへんの掃除してみたら?」と声をかけられ、ちょっとやってみる。次の日もやってその次の日もやって…最初のうちはそれほど気もない感じだったのが、毎日箒と塵取りで熱心に掃除を続けるうちに、そこを通る人の中でサトウさんに話しかけたり、寒い日は缶コーヒーを、暑い日には冷たい飲み物を差し入れたりする人が出てくる。
その中には役所に行って生活保護をもらう手続きを勧める人もいたけれど、サトウさんは役所に対する不信感が強く応じない。
また学校の先生でサトウさんにいろいろな話を聞く中で、サトウさんには新潟に弟がいることを聞き出し、また記憶障害があることにも気づき…。

…凌鶴先生の新作講談には見ず知らずの人に手を差し伸べる人が出てくる話がいくつかあるけど、こういう話を聞くと本当にそういう優しさはなくしちゃいけないなぁ…と思う。
もともとは仕事をしていたのに体を壊して仕事を続けられなくなったり、支援施設の中で喧嘩をしてそこにいられなくなったり…そういうことで家を失ってしまうことは決して他人ごとではない。

声高に訴えるのではなく、ユーモアもある優しい講談で語ることで、より柔らかい気持ちで受け止めることができるように思う。
素晴らしかった!



死にがいを求めて生きているの

 

死にがいを求めて生きているの

死にがいを求めて生きているの

 

 ★★★★★

植物状態のまま病院で眠る智也と、献身的に見守る雄介。二人の間に横たわる“歪な真実”とは?毎日の繰り返しに倦んだ看護師、クラスで浮かないよう立ち回る転校生、注目を浴びようともがく大学生、時代に取り残された中年ディレクター。交わるはずのない点と点が、智也と雄介をなぞる線になるとき、目隠しをされた“平成”という時代の闇が露わになる―“平成”を生きる若者たちが背負う自滅と祈りの物語。 

 承認要求は誰にでもあるものだけど、それが自分の存在理由になったり「何者か」にならなければいけないと思い続けて生きていくのはしんどいなぁ。

紅白分かれて相手を「敵」と見なして戦うことと、わかりやすい「敵」を見つけて叩くことは繋がっているのだろうか。いろいろモヤモヤ…。

久しぶりに読む朝井リョウ。イタイ若者を描くのが相変わらずうまい。と書いて、ここに描かれている若者を「イタイ」と一言で済ませてしまう自分の雑さに気づいてぞっとしたりもする。

最初は美しい友情に思えた植物状態の友人を献身的に見守る雄介の真意が見えた時には正直ぞっとしたが、しかしそれも話してみなければ分からない。
少しだけ希望を抱きつつ本を閉じたが、はたして。

「螺旋プロジェクト」の対象作品とのこと。ほかの作品も読んでみたい。