りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

『字のないはがき』刊行記念 角田光代×西加奈子スペシャル対談

7/23(火)、クレヨンハウスで行われた『字のないはがき』刊行記念 角田光代×西加奈子スペシャル対談に行ってきた。
私のモヤモヤ頭で覚えてる範囲で箇条書き。角田光代さんが「か」西加奈子さんが「に」。
 
・5年ほど前に編集の方から依頼のFAXが来た。大好きな向田邦子さんのエッセイを絵本に!しかも向田さんの妹の和子さんが「文章は角田さんにぜひ」とおっしゃっていると…。編集の人ってこういうことを言えば断られないと思ってるんだよなぁ、そんなことあるわけないのにと思った。(か)
重圧もすごいし自分にできるのだろうかという不安もあるけどこんな素晴らしい企画を断れるわけがないと思い引き受けたものの、なかなか手をつけられなかった。
・それは自分が絵本を作ったことがなかったから。絵本の文章を翻訳したことはあるけれど、自分で文章を書いたことはなかった。だからどういう文章がいいのか、どういう言葉で書けば子供にも伝わるのかわからず、常に頭の片隅にはあったけれど手を付けられなかった。ちょうど「源氏物語をやっている最中でいっぱいいっぱいだったというのもある。
最終的に文章を4パターン作って編集者と和子さんに見てもらった。そこで決まったテキストが西さんに送られて行った。
 
・私も話が来た時は、えええ?できるやろか?無理ちゃう?と思ったけど、もしもこの企画が他の人に行ったらめっちゃ悔しいやん!と思って引き受けることにした。(に)
・絵を描くときに自分で決めたことがいくつかあって、そのうち一つは、私って作品に自分がぐいっと出るタイプ。私の絵も文章も「これが西加奈子や」っていうのがグイっと出る。それはそうなってしまうというのもあるけれど、もうあたしはそうさせてもらうで!と自分のスタイルにしてしまっている部分もある。
でも今回の絵に関しては自分は出さないようにしようと思っていた。向田さんのエッセイを角田さんが文章にした、その世界を壊さないように…自分を出さないように、それは心がけた。
・あと、自分は戦争体験者ではないし、戦争っていうのは描くのがとても難しい…デリケートな部分があるから…戦争を描いてるんやで!というのを前面に出さないようにと思っていた。そもそも向田さんのエッセイがそういう風に描かれてなくて、フツウの生活の中に戦争が起きて日常がこんな風に変わって壊されていった…という描き方をされているので、自分もそういう風に向き合いたいと思った。
・だから、戦争のシーンを描くのに、戦争の時と戦争が終わった後とで同じ建物のシルエットを描いて、その上の空が戦争の時は赤く燃えていて、戦争が終わった後は青空…そういう風に描いた。
・絵本ができて、編集者と角田さんと和子さんとお疲れ様会をした時に和子さんからそのことを言っていただいた時はもう本当に嬉しくて…今もその言葉は自分にとって宝物。
 
自分は22歳の時に編集者に勧められて向田邦子さんの作品を読んだ。エッセイはすとんと心に入ってきたけれど、小説の方は難しいな…22歳の自分にはまだ理解できないものがあるな、と感じた。(か)
・向田さんは脚本家だからやはり絵が浮かんでくる文章。例えばエッセイで…電車に乗って中野駅を通り過ぎた時に、木造のアパートの窓に一人の男がぼんやり外を見ていてその隣にライオンがいた、というのがあるけど、それを読んだ時確かに私には男とライオンが見えた。今も見える。
向田さんは考えてみればとても華やかな世界にいた方だから本当は雲の上の人なのに、目線が私たちのところまで降りてきている。上から見下ろすでもない、下から見上げるでもない、同じところにある目線。だから読んでる側があたかも自分が経験したかのように記憶しているのではないか。
 
・角田さんは、もし今も向田さんが存命だったら会ってみたい?(に)
・いやです。怖いから。怖い人だと思う。いや会ったら怒られそうとかそういう怖さではなく、自分が震え上がると思うから。柱の陰からこっそり見るぐらいがいい。(か)
・わかる。私もそう。私だったら…打ち上げの席で隣の隣ぐらいに座っていて、たまに話してる声が聞こえてくるのをこっそり聞いたり、「はい、きゅうりあるよ」ってお皿を手渡されたい。(に)
 
・さっきも言ったけど私は文章に自分がグイっと出るタイプ。しかも最近は表紙も自分で描いていてどんだけ自分やねん!って感じだけど、角田さんの文章は自分が前に出てきてない。前にお話した時に、極力自分が出ないようにということを心掛けて書いているとおっしゃっていたけど、それはいまも?(に)
・私は〇〇年(忘れた…)までは自分の文体というものを作らなければいけないと思って書いていて、それこそ1行書くのに何時間も考えてどうしたら自分の文体になるか、それを考えて書いてた。それは当時の編集者に「文体を作らないといかん!」といつも言われていたからなんだけど、ある時にもう文体はいい!そうじゃなく、書きたいものをじゃんじゃん書くんだ!と思って、やり方を変えた。それからは極力癖を失くす、平易な文章を心掛けて書いてる。今もまだそれは変化の途中。(か)
 
「角田さんは向田邦子の年を越えましたね」と西さんに言われて。
・そう、信じられないことに。(か)
向田さんの小説ってすごい大人のことが書かれているという印象が強くて、22歳の時に初めて読んだ時、「ああ…私にはまだわからないな」と思った。それから30代、40代、50代になって読むけどやっぱりいつも自分より大人に感じる。恋愛のことなんかも書かれていない部分に何かあるような…自分にはわからない大人の何かが…。(か)
・それはわかる!書いてないねんけどなんかありそうやねん。私には分からない大人の恋愛…。フツウ恋愛書くときって、恋愛やで!!って太字になるやん。それがそうじゃない。明朝体のまま!(に)。
・このお話をいただいて書いている時に、ああ自分は向田邦子さんと同い年の時にこういう仕事をしていると思ったらすごい感慨深くて…これはきっとこの先の人生で何度も思い出す…すごいことだ、と思った。(か)
 
 
「今回の絵本で角田さんが印象に残っているページは?」という質問。
人がほとんど描かれていないのにその気配や息遣いが伝わってくる、そこが最初に見た時にすごいと感じた。(か)
・この仕事はとても静かに始まった。ファックスで依頼が来て私が文章を書いて、それを渡された西さんが絵を描いて。
私と西さんは飲み友達だからこの作業期間中に会う機会もあったけれど、絵の進み具合とか内容については聞いちゃいけない、と思って決して口にはしなかった。なんでだかわからないけど、そんな風にしていた。
・それでも出来上がってみたら、イメージが不思議と一致していて。それはすごいな、と思った。
 
人は描かずに玄関の下駄で表現するというのは最初から決めていたのか」という質問。
・玄関にしようと思ったのは…最後のシーンで、いつもは厳しい父親が小さい妹が帰って来たと聞いて下駄をはかずに飛び出して行った、というのがとても印象的だったから…それで描こうと思った。(に)
・(たんぽぽの絵について)色は混ぜれば混ぜるほど寂しくなると感じていて、だから極力混ぜずに描いた。
・(父が妹を抱きしめるシーンについて)あそこは…うちの旦那に1歳になる子供を抱いてもらってそこをスケッチした。その時感じたのは、抱きしめてるのは親の方だけど、抱きしめられてる子どもの方が強いねんな、っていうこと。そこを描きたいと思った。
 
(質疑応答:「絵や文章で、ここまで書けばもう完璧だ、と自分で納得する線引きはどこ?」)
・絵だともうこれ以上描けへん!ってなる。文章は…難しいけど、でももうこれ以上のことはできん!というのがなんとなく感覚として…ずっとやってると見えてくる…かな?(に)
・これでいい!と納得することはない。手元にあったらいつまででも手を入れたくなる。だから締め切りというのがある意味ではゴール。(か)
 
(質疑応答:「書くのがいやになったことはないのか。その時どうやって気持ちを立て直したのか」)
・一度本当に書くのがいやになったことがあった。それは酷い批判をがんがん書かれたから。心が折れて書きたくないと思って3ヶ月休んだ。だけど3ヶ月たったら書きたくなって、もう何を言われてもいい!と思った。それからは書きたくないと思ったことは一度もない。(か)
・まだ一度も書きたくないと思ったことがない。作家っていうのはとてもフェアな仕事。私より10年先輩の角田さんの本も私の本も文豪の本もみんな値段が一緒。これってすごい平等じゃない?そういうものって他にあるかな?CDとかもそうか。すごくいい世界に生きてるって思ってる。これから先書きたくないと思って休むことがあるかもしれないけど、その時はまた書けなかったときのことを書くと思う。(に)
 
(質疑応答:「向田和子さんの言葉を聞かせてもらいたい」)
最前列に座っていて時々角田さんや西さんと目を合わせてうなづいたりされていた和子さんが壇上に。
10年ほど前に私は向田の書いたエッセイを絵本にしたいと思うようになった。いろんなところにお願いして…どこも作ってくれないなら自費出版しようと思った。その時に文章は角田光代さんにお願いしたいと思った。そうしたら小学館さんがやりましょうと言ってくださった。
・出来上がったものを見て驚いたのは、戦争の時私は本当に小さかったけれど…覚えているのは空が真っ赤に燃えていて…子供心に恐ろしいことが起きていると感じた。それが戦争が終わった後は青い空にもどった。そのことが絵本に描かれていたこと。それがうれしかった。
・それから父に抱きしめられたシーン。私はそこに父と自分の顔が描かれていたら自分はどう感じるんだろうと怖かった。それがあんなふうに書かれていて…。3人で顔を合わせて「こうしてくれ」と頼んだりしていなかったのに、私の想いが伝わったことの不思議を想った時に、ああ、これはもしかすると向田(邦子)がそうしてくれたのかもしれないなぁと思った。
・本当にありがとうございました。これ以上のものはもう出来ないと思っているので、もう二度と絵本は作りません(笑)。
 
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私の記憶で書いたのでニュアンスが違うところもあったかも。
西さんの表現が秀逸でいちいちおかしくて(「作家によってはこうぐいっと前に出るやん。ページから顔出てるやん。」)大笑い。本当にサービス精神が旺盛で明るくて楽しい。
角田さんはどちらかというと聞き役になっていたけれど、時々放つ言葉に芯の強さが見えて痺れる…。
ほんとに好き、このお二方。
そして質疑応答で和子さんが壇上に上がられて話をされたのがもう本当に感激で…聞いていて涙が出てしまった。素敵だった…。