りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

ストーンダイアリー

ストーン・ダイアリー

ストーン・ダイアリー

★★★★★

常に周りの流れに身をまかせ、狭く小さな自分の世界の中から、ついに出ることのなかった主人公・デイジーの、人生の愛と孤独を知性豊かに描く。1994年度ピュリッツァー賞受賞作。

うわー。これ好きだ。好き好き!
よくこの本を見つけたなぁ、私!と自画自賛。はっはっは。
最近ブッカー賞受賞作品を読むことが多い。でもなんか昔から私はブッカー賞よりピュリッツァー賞受賞作品のほうが肌に合うような気がしていたのだ。
アンタイラー「ブリージング・レッスン」、E・アニー・プルーシッピング・ニュース」、ウィリアム・ケネディ「黄昏に燃えて」。どれも大好きな小説だ。

で、ピュリッツァー賞受賞作品をもっと読んでみようと思って見つけたのがこれ。
表紙もとても素敵だったので読んでみたのだ。

なんてことはない普通の女性の普通の生涯を描いた小説なんだけど、詳細な家系図が付いていたり、登場する人たちの写真が載っていて、ちょっと不思議な感じ。
そして物語も、普通といえば普通なんだけど、普通じゃないといえば普通じゃない。でも普通って実はよく見てみると結構普通じゃないよね?
歴史の大きな流れの中で見たら何も残ることがなかったとしても、誰の人生も簡単なものでもなければ単純なものでもなくて、「普通」と一言で言っても、その中にはあっと驚くようなことや山や谷がある。
それがすごく上手に描かれていると思う。こういう小説が好きだ。これこそが小説というものだ!と思う。

主人公であるデイジーの父は石工。そして母の名前はマーシー・ストーン。それで「ストーンダイアリー」。
石はこの物語の1つのKEYにもなっていて、物語の中には印象的な「石」が幾つも出てくる。

デイジーは特に「なにもの」にもならなかった女性だ。
生い立ちはかなり特殊だけれど、善意ある人たちに囲まれ、わりと幸せに成長する。
職業を持つこともなく、社会に貢献するわけでもなく、大恋愛をするわけでもなければ、何かを破壊するわけでも何かを残したわけでもない。埋もれていくその他大勢の1人だ。
あとがきを見るとこの小説は「しなやかなフェミニズムの思想に裏打ちされた作品」とあるけれど、果たしてそうなんだろうか?

私はこの何も成し遂げなかった、大きな世界に出ることのなかった主人公デイジーの人生が、とても愛おしく思えた。
大恋愛ではなかったかもしれないけれど、彼女にしてみたら大きな冒険であり賭けでもあった、バーカーとの再会。
3人の子どもに恵まれ、絵に描いたような幸せな家庭を作りあげた時期。
夫を失ってからは「ミセス・グリーン・サム」と名乗って、得意の園芸をいかして、ちょっとしたライターのようなこともして、思わぬ才能を発揮した時期。
その仕事を失ったのと更年期とが重なってうつ状態になったどん底の時期。
子どもが巣立ち一人になってフロリダに移住した時期。
そして病気になって自由のきかない「老人」になってしまった時期。

デイジーが経験することは誰もが経験することなのだと思う。
だけど簡単なことじゃないよなぁと思う。
老人になって身体の自由が効かなくなって入院して、痛くて情けなくてイライラするけれど、なんとか自制心を保ってきちんと振舞うようにするところとか。何の記録にも残らないようなことだけれど、そういうところがものすごく愛しくて抱きしめたい気持ちになったんだなぁ…。

宝物にしたい言葉や文章がたくさんあった。中でも一番心に残ったのがこれ。

幸福とは
私たちの暖炉の
前で育つものであり
他人の庭で
摘むものではない。
ホテルのバスルームの壁にかけてある飾り皿に書いてある陳腐な言葉。陳腐だけど真実だ。それがとても心に響いた。