りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

愛と障害

愛と障害 (エクス・リブリス)

愛と障害 (エクス・リブリス)

★★★★★

サラエヴォに生まれ、ユーゴ紛争を機にアメリカに移住した主人公の思春期のほろ苦い思い出、アメリカでの奇妙な日々、家族と失われた故郷への思い…。ボスニア出身の鬼才による、“反”自伝的短篇集。

とてもよかった。一話目はなんだかよくわからなくて、苦手かも…と思ったのだが、やめずに最後まで読んでよかった。
ボスニア出身だが、アメリカに渡っていたことでユーゴ紛争を逃れた男というのは作者自身と重なる。アメリカ人にもなれず、戻る故郷もなく、アイデンティティーを失いかけている男を描いているが、トーンは暗くない。
既に評価されている作家や詩人に対する視線や、作品を書くに至らないものの自分はいっぱしの作家になれるはずという自意識と苛立ちがリアルで痛面白い。

「指揮者」
20代の頃、詩人になろうとしていた「僕」はノートに青臭い詩をいくつも書き溜めていた。
そんなとき、詩人が集まるカフェでムハンマド・D(デド)という詩人に出会う。詩は認められなかったものの、なぜか「指揮者」と思われそう呼ばれるようになった「僕」は、大声を張り上げて歌を歌い、がぶ飲みし、女の子にもてまくるデドをいつも見ていた。
紛争が始まったときサラエヴォにいなかった「僕」は故郷が破壊される映像を見て罪悪感に苛まれつつも、作家になる。
作家になった「僕」は紛争が終わって何年もしてからデドと再会を果たす…。

デドの才能を羨んだり妬んだりしながらそれを認めることができなかった主人公が、年老いたデドと再会し紛争や変化に身をさらしてボロボロになりながらも詩作を行いむき出しの状態で生き続けている姿を見て、「美しい」と素直に認めるシーンにじーんとくる。
自分が憧れ続けていた「詩人」にはなれなかったけれど、また別の形で表現をすることができるようになったからこその歩み寄りだったのかもしれないが。

「蜂 第一部」
これもまた独特の作品。
フィクションを忌み嫌う父が、文学に没頭する主人公を苦々しく思い自分は真実のみを重んじるのだと宣言し、真実の映画や真実の本を作ろうと挑む。
そんな父の姿を優しい視線で見守りながら、物語ること、真実を語ることについての作者の思いが語られる。
どちらかと言えば乾いた筆致なのに親への眼差しの温かさにグッとくる。
これ、好きだわ…。