りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

レナの約束

レナの約束

レナの約束

★★★★★

古屋美登里訳と題名に惹かれて借りたのだが、プロローグを読んで「うわ…」と思った。

「ママ、わたしはダンカを連れて必ず家に帰るわ!」。温かい家族と友達に囲まれて幸福な生活を送っていたレナと、その妹ダンカ。しかし、戦争が始まり、二人はあのアウシュヴィッツに送られることに…。死ととなり合わせの過酷な状況にありながらもレナは妹とともに必ず生き延びてみせると固く誓う―。一人の女性の感動手記。全米の女性たちを、涙と感動の渦に巻き込んだ物語。

これはアウシュヴィッツに送られた最初のユダヤ人女性の物語(実話)なのだ。作者名が連名になっているのだが、レナ・K. ゲリッセンがアウシュヴィッツを生き延びた本人で、ヘザー・D. マカダムはアメリカ人でレナの物語の聞き役なのだ。

アウシュヴィッツ収容所に送られた女性の物語と知って正直読みたくないなぁと思った。もちろん知らなければならないことだというのはわかっているけれど、つらすぎる物語からは目をそむけていたいという気持ちのほうが強かった。しかしぱらぱらと読み始めたらもうページをめくる手を止めることはできなかった。

敬虔なユダヤ教信者の一員としてポーランドのティリチェで裕福な家庭に育ったレナ。ナチスによるユダヤ人弾圧が始まった時、安全のためにスロヴァキアの叔父の家に一人身を寄せたりもするのだが、レナは自分を匿ってくれている人たちに迷惑がかかってしまうと考え、自ら出頭して収容所に入る道を選ぶ。その時にはまだ、自ら名乗りを上げて収容所に入って労働をすれば酷い目にはあわないと信じられていたのだ…。
しかし収容所に向かう排泄物だらけの列車の中で彼女は悟る。自分は間違いをおかしてしまったのだ、と。収容所に入ったらもう帰る手段はないのだ、と。そして彼女は心に誓う。「生き延びるためには何でもする」と。

収容所に入ってからの生活がレナの語りによって明らかにされるが、その残酷さ醜悪さにはおぞましさと恐怖しか感じられない。何かの目的があっての労働ではなく、ただ死を待つためだけの労働。食べ物は少ししか与えられず列を乱せば殴られ少しでもミスをすれば見せしめに殺される。病気になったり労働ができないほどに弱ってしまったら「選別」されてガス室に送らる。特殊任務という名の人体実験も行われている。こんなことが実際に行われていたとは人間はなんと残酷になれるのだろう…。

レナが収容所に入ってしばらくした頃に2歳下の妹ダンカが同じく収容所に送られてくる。レナはダンカを守り絶対に妹を連れて両親の元に戻ることを誓う。妹ダンカの存在はレナにとって生きるための力にほかならないのだ。
過酷な状況の中でとにかく生き延びるために、誰よりも賢くそして目立たないように生きていこうとするレナ。彼女の賢さと勇気とひたむきさには本当に何度も涙が出た。清潔を保ち、誇りを保ち、思いやりを失わないこと。こうして安全な場所にいて口にするのはたやすいけれど、毎日人が次々殺されていき、毎日飢餓状態である中で、そうあり続けることがどれだけ大変なことであるか。

お互い顔を見ることもままならないけれど救いの手をさしのべてくれる収容所の男たち。生命の危機を何度も迎えながら、そのたびに知恵と勇気で乗り切ってきたレナ。信仰を傷つけられ人間としての尊厳を踏みにじられ、それでもなお誇りを失わずに生きぬいたレナ。レナが提供した写真が何枚か挿入されており、物語を読んではその写真を見つめ涙が出た。「威厳ある生き方」。月並みな言葉だけど、彼女の生き方には真の威厳を感じた。