りつこの読書と落語メモ

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本格小説

本格小説〈上〉 (新潮文庫)

本格小説〈上〉 (新潮文庫)

本格小説〈下〉 (新潮文庫)

本格小説〈下〉 (新潮文庫)

★★★★★

ニューヨークで、運転手から実力で大金持ちとなった伝説の男・東太郎の過去を、祐介は偶然知ることとなる。伯父の継子として大陸から引き上げてきた太郎の、隣家の恵まれた娘・よう子への思慕。その幼い恋が、その後何十年にもわたって、没落していくある一族を呪縛していくとは。まだ優雅な階級社会が残っていた昭和の軽井沢を舞台に、陰翳豊かに展開する、大ロマンの行方は。

物語はいくつかのパートに分かれ、語り手が変わる。
本格小説の始まる前の長い長い話」では、今では作家となった「美苗」が語り手となる。
父親の仕事の都合で家族でアメリカへ渡った美苗が、少女時代から大人にかけて実際に目にしたり耳にしてきた太郎の謎に満ちた姿を語る。
アメリカの金持ちのお抱え運転手となった東太郎。大学も出ておらず身寄りもない太郎のことを美苗の父は何かと目をかけてやり英語の教材を貸してやったり、自分の工場で雇ってやる。貪欲に英語を勉強し仕事に打ち込む太郎はみるみるうちに出世し、やがては会社を辞めて事業をおこし財を成していく。
アメリカンドリームを実現した男として太郎は有名になるが、忽然と姿を消してしまう。
太郎のことを気にかけていた美苗のもとへある日祐介という男が訪ねてきて、自分があるとき信州で太郎に出会いその数奇な運命の話を聞いたので、その話を聞いて欲しいという。
そうして祐介が語りだした話が、この小説の第二のパートになる。

友人の軽井沢の別荘に泊まっていたのだがある夜自転車で人の別荘の生垣に突っ込んでしまう。
怪我をしている祐介の手当をしてくれたのが、この別荘に住む冨美子という中年の女。家には富美子の他に暗い目をした男がいて明らかにこの珍客を歓迎していない様子。
訳ありの雰囲気を感じて戸惑う祐介に冨美子が語るのが、太郎と彼が恋焦がれたよう子との悲恋の物語。
三枝家の次女である夏絵(よう子は夏絵の娘)の家で女中として働いていた冨美子は、幼い頃から太郎とよう子の成長を見守り続けてきたのだ。

小説を読む喜びがぎっしり詰まっている。
ストーリーだけを追えばそんなに心惹かれる内容ではないのに、読んでいると物語のうねりに巻き込まれてワクワクしてくる。ページをめくる手が止められなくなる。

祐介、冨美子のパートではこの物語が実話であることを主張するように白黒の写真がはさまれている。
まるでゼーバルトの「アウステルリッツ」のようにこの写真が物語に厚みを加えている。それは「本当っぽさ」であり「フィクションっぽさ」でもある。

また最後に祐介が冨美子と最も親しかった三枝家の三女・冬絵とバーに行って冬絵の話を聞くシーンがあるのだが、ここで読者はあっと驚かされる。
ここまで赤裸々に語られてきて、実は語られていない部分にこの物語を語ってきた冨美子の真実があったという、それを数行で知らしめるというこの凄さ…。

物語ることと物語を聞くことの楽しさ、後ろめたさ。だからこのタイトルなのか。
人間はなんて美しくて醜いのだろう。最後まで読むと誰のことも信じられなくなり、誰のことも愛さずにはいられなくなる。凄いとしか言いようがない。
古屋美登里さんのリストで読んだこの本。読めてよかった。素晴らしかった。満足。
嵐が丘」も読み直してみたくなった。