ミスター・ピーナッツ
- 作者: アダム・ロス,谷垣暁美
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2013/07/09
- メディア: 単行本
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結婚して13年、ゲーム・デザイナーで小説家の卵のデイヴィッド・ペピンは妻のアリスを深く愛しながらも、妻の死をくり返し夢想せずにはいられない。そしてアリスは不可解な死を迎え、ディヴィッドは第一の容疑者となる。アリスの謎の死を捜査する刑事二人も複雑な結婚生活の経験をもつ人間であった。ウォード・ハストロール刑事は自分の意思で寝たきりとなる妻と静かな闘いを続け、かつて医師であったサム・シェパード刑事は数十年前、妻の惨殺について有罪判決を受け、のちに無罪と認められた過去がある。デイヴィッド、ハストロール、シェパードの人生ドラマがヒッチコック的サスペンスを高めながらエッシャーの絵のように絡み合うなか、メビウスという名の不思議な殺し屋があらわれる。「おれが小説を終わらせてやる」そして現実とフィクションは浸食しあい、読者を迷宮に誘う―愛と憎しみ、セックス、不倫、妊娠、摂食障害、鬱病など結婚生活における諸問題をユーモラスに時にグロテスクな色彩を帯びた文章で緻密に描き、同時にエッシャー的構造の小説化を試みる、実験的かつ大胆な驚異のデビュー作!
結婚して13年のデイヴィッドは妻のアリス殺しの容疑者となる。
アリスはピーナッツアレルギー反応で死んでいて、デイヴィッドはアリスの自殺だと主張するのだが、調べれば調べるほどデイヴィッドは怪しい。
事件のあった日、アリスの職場まで押しかけて今の生活を全て捨てて旅に出ようと持ちかけていたり、アリスがそれを拒むとストーカーのように後をつけまわしたり…。
さらに彼にはアリスを深く愛しながらもアリスの死を夢想し、妻殺しの小説をこつこつ書いていたのだ。
デイヴィッドを取り調べる刑事、ハストロールとシェパードの二人にも妻殺しの願望がある。
ハストロールは、自らの意思でベッドから出てこなくなった妻との闘いを続けており、あまりに強情な妻を殺してやりたいと願ったことは一度や二度ではない。
またシェパードの妻は惨殺されていて、シェパード自身有罪判決を受け、その後に無罪と認められた過去を持つ。
物語は彼ら3人の独白から成るのだが、3人の物語は徐々に交錯していき、殺し屋の「メビウス」を絡めて、事実と小説、原因と結果がぐるぐるとまわり出し、気が付くとまたもとにもどっている…。
ハストロールの章を読むと、その妻の強情っぷりに殺意を覚える。女というのはなんとまあ長いこと怒りを持続できることか。
そして自分の気持ちを一切説明せずに「あなたが自分でわかってくれなきゃ意味がない」というこの傲慢な態度。
でも確かに自分にもそういうところあるよなぁ。女って嫌だなぁ、と思う。
シェパードの妻マリリンの章とシェパードの章を読むと、シェパードの身勝手さに殺意を覚える。
愛人と妻の間を自分勝手な理由で行ったり来たりしながら、愛人を家族ぐるみでつきあっている友人宅に一緒に連れて行ったり、半分あきらめたような態度をとる妻に甘えたり、愛人が自我をあらわにすると途端に気持ちが冷めたり。
なんてけったくその悪い男なんだ!ぶん殴ってやる!と思う。
太っていた頃のアリスを見つめるデイヴィッドの愛と憎しみのこもった視線。
そんなデイヴィッドへの復讐のように痩せていくアリス。
もうここまでこじれてしまったら修復は不可能なんじゃないか。離婚した方がいいんじゃないか。なのに離れないのはなぜなんだろう。
一緒にいることがあまりにも当たり前になってしまっていて、そこから離れると、自分自身がなくなってしまうような気がするからなのかもしれない。
殺意を抱かせるほどの嫌味な行動も愛情の裏返しなのかもしれない。
読んでいると、女って嫌だなぁと思い、男って最低!と思うのに、最後まで読むと何故かしんとした気持ちになる不思議な読後感。
現実と虚構、愛と憎しみがぐるっと回って振り出しに戻る。
ムカつくけど楽しい小説だった。