りつこの読書と落語メモ

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HHhH (プラハ、1942年)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

★★★★★

ノーベル賞受賞作家マリオ・バルガス・リョサを驚嘆せしめたゴンクール賞最優秀新人賞受賞作。金髪の野獣と呼ばれたナチのユダヤ人大量虐殺の責任者ハイドリヒと彼の暗殺者である二人の青年をノンフィクション的手法で描き読者を慄然させる傑作。

想像で描くことをできる限り封印して事実に忠実であろうという作者の葛藤、取材の様子、ナチス関係の小説や映画への言及という形で、作者自身がちょくちょく顔を出すという新しいスタイル。最初は正直鬱陶しく感じて、「あんたうるさいわ、ちょっと黙っとれ!」と思いながら読んでいた。
どちらかといえばどっぷりとフィクションにつかりたい私には、冷静な「作者の声」というのは邪魔でしかないのだ。

しかし最後まで読み終わってみれば、作者の偏執病的といえるほどの誠実さに納得の読後感。
ナチス関係の小説はたくさん読んできた。たとえば「慈しみの女神たち」「ベルリン1945」「本泥棒」など。
ただ、フィクションだと結局のところ「でも本当はどうだったかわからないよね」という疑問がついてまわる。 そういう意味ではノンフィクションは、ある一部のことしか言及はされてないけれど、これが現実にあったことなのだ、と納得がいく。またその助けを経て、その前に読んだフィクションがかなりの部分で核心に迫っていたのだな、ということを理解することはできる。

限りなく「ノンフィクション」に近い位置で、「フィクション」として出来うる限りのことをして、さらにその舞台裏をあますことなく見せる、というこのスタイルだからこそ、一つ一つの事柄に信憑性を得ることができる。

結局のところ、ナチスの成し遂げたことが、あまりに非人間的で残酷で単純で漫画チックだからこそ、「本当にそんなことがあったのだろうか」と信じられないような…そんな気持ちになるのだ。
そこを、こんなふうに作者の葛藤や思いを赤裸々につづることによって、「これは間違いなく真実なのだ」といやというほど実感することができる。
この作者、かなりの確信犯だと思う…。

ナチス関係のノンフィクションや小説を沢山読んできたが、読むたびに人間はここまで残酷になれるのかとおもう。
ユダヤ人を排除すべしというこの時代の空気や政治家の言動が今の日本にも通じるものを感じてぞっとする。