りつこの読書と落語メモ

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ほとんど記憶のない女

ほとんど記憶のない女

ほとんど記憶のない女

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「12人の女が住む街に、13人目の女がいた…」 悪夢的ショート・ショートからリアルな超私小説まで、ちょっとひねくれたあなたに贈る51の短編。

タイトルを見て思わず笑っちゃった。こ、これ私のことじゃないか!原題がalmost no memory。ほとんど記憶がない。そのまんまだ。わははは。
51編の短編を集めた短編集。1ページしかない超短い作品もあれば、30ページ近く作品もある。1ページしかないような短いものは、寓話のような格言のような詩のような抽象的なものが多く、少し長めのものはエッセイのようであったりしっかりした物語のようなものが多い。とにかく多種多様なのだ。そして収められている作品のバランスがすごくいい。短いものばかりだと最初は面白いと思っても飽きてくるのだが、これは作品の順番やバランスがとても良くて飽きさせない。

感情を排した書き方をした作品が多いのだが、なぜかとても共感できるものが多い。これ私のことじゃない?と思ったり、作者と私はきっととても似ているのだと思ったり…。でももしかするとこれは、書かれている側(登場人物)と書いてる側(作者)と読んでる側(読者)の立ち位置が混在するような書き方をしているせいなのかもしれない。
例えばこんな文章がある。

書くことは旅することであり、書くことは読むことであり、読むことは書くことであり、読むことは旅することである。

1人でいて手持ち無沙汰の時、こんなことをぐるぐるぐるぐる考えることがある。あれがこれで、それもこれで、ってことはこれもそれで、それもあれってことになるか。いや待てよ、私今何を考えていたんだっけ?
そんな風に役に立たないことをぐるぐる考えてしまうのは自分だけかと思っていたけど、そんなことなかったのか。この人もそうなのか。なんかこの人とは気が合うような気がする。なんか激しく共感してしまったのだ。そうしたら、なななんと一番最後に収められている作品が「共感」。これを読むと、こんな風に感じてしまったのはもしかすると作者の思う壺だったということなのか?!と、ぞぞぞ…とする。うひゃーー。とにかくすごい短編集だぞ、これは!!

エッセイのような作品もとても好きだった。
「大学教師」。これは大学で教えている作者自身の物語のようにも思えるのだが。

何年か前、私はカウボーイと結婚したいのだと自分で自分に言い聞かせていた。

こんな書き出しで始まるこの作品は、自分のような堅苦しい女にカウボーイが惹かれるはずがないし接点もない、とわかっていながら、でももしかしたらそんな男と結婚したら自分は変われるのではないか、新たな境地に達することができるのではないか、という幻想を捨てられない女の気持ちが綴られている。これ、すごく良くわかる。ほんとはそんなの幻想だってわかっているんだけど、そして本当にそういう人生が送りたいわけでもなければカウボーイが好きなわけでもないのだが、自分はそれがすきなのだと思いたいから思ってみて、いろいろ想像してみるのだ。自分に都合のいいように。自分のその時の状況や心境によって、相手のリアクションやストーリーは微妙に変化させながらも、あれやこれやと思い描くのだ。半ば本気で。読み終わった時、あまりにわかりすぎるので、「うわーーー」と叫びたくなった。「なんで知ってるのー?!」と言いたくなった。

あと夫婦なのか恋人同士なのか、そういうパートナーとのせめぎ合いを短い文章で描いた作品も何点かあって、これがすごく面白い。

たいていの場合、私は私たちがどうすべきかについて彼の意見はまちがっていて、私の意見が正しいと思っている。とはいえ実際問題として、今まではたいての場合、彼が正しくて私がまちがっていた。だから私は、心から信じることはできなくても、かれのまちがった判断が実は正しいのかもしれないと自分に言い聞かせ、彼がまちがった判断を下しても黙っている。

と言いながら、だけどね…とまた文章が続いていくのだが、これがすごくおかしい。わかるわかる、とうなづいてしまう。

フィクションらしいフィクション「裏のアパート」もとても面白かった。これを読むと、この作者の長編も読んでみたいなぁーと思う。

いやこれは掘り出し物だよー。すごい作家だよ。第2のレベッカ・ブラウンになれるよ。他の作品もぜひぜひ訳してもらいたい>岸本佐知子さん。おねがいします。