りつこの読書と落語メモ

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何もかも憂鬱な夜に

 

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

 

 ★★★★

施設で育った刑務官の「僕」は、夫婦を刺殺した二十歳の未決囚・山井を担当している。一週間後に迫る控訴期限が切れれば死刑が確定するが、山井はまだ語らない何かを隠している―。どこか自分に似た山井と接する中で、「僕」が抱える、自殺した友人の記憶、大切な恩師とのやりとり、自分の中の混沌が描き出される。芥川賞作家が重大犯罪と死刑制度、生と死、そして希望と真摯に向き合った長編小説。 

施設で育った刑務官の「僕」、夫婦を刺殺して死刑判決が出ている山井、そして「僕」の親友で自殺した真下。

とても重いテーマな上に、「僕」自身も自殺した真下や山井の気持ちに寄り添いすぎて、自分を見失いそうな危うさがあって、読んでいてしんどかった。

思春期の混沌は誰にでもあるものだと思うけれど、感受性が豊かすぎたり、支えてくれる大人がいなかったら、真下や山井のように極端な行動に走ってしまうこともあるのかもしれない。

危うい方向に走り出しそうに見えた「僕」が恩師とのやりとりを思い出して山井に対峙する場面がよかった。
作者は文学や音楽、芸術の力を信じているのだなと感じたし、そこに救いを感じた。

アナザーベース落語会vol.11

2/16(土)、Another Base たまプラーザで行われた「アナザーベース落語会vol.11 」に行ってきた。


・勧之助「宿屋の富」
~仲入り~
・勧之助「寝床」


勧之助師匠「宿屋の富」
真打になる時に付けた「勧之助」という名前についてあれこれたっぷりと。
私は勧之助師匠のtwitterが大好きなんだけど、ふざけながらもすごく熱い人なんだろうなと思っていて、やっぱりそうなんだなと思った。
自分のなかで「こうありたい」という芯がある感じ。それを表に出さないようにしてるけど時々透けて見える。そこに魅力を感じる。

自分は真打になったばかりだけど、こちらの会はニツ目を中心に定期的に行われている会で、こういう会に来て下さるお客様というのは、本格的な名人の落語を聞きたくて来ているわけじゃない。だって名人の落語を聞きたければ小三治師匠の落語会に行けばいいのだから。わざわざこういう会にいらっしゃるのは、若手を応援したいという気持ちやまだ未熟だけど時々いい高座に当たることがあるからひょっとして今度こそそれが見られるのでは?という博打をうつような気持ちがあるに違いない。そういう意味では宝くじを買うのと同じような気持ちなのかも。
そんなまくらから「宿屋の富」。

泊まった男がちょっと年を取ってるイメージ。確かに大旦那風?
ばかばかしいくらいのホラにいちいち感心する宿屋の主人。
湯島天神での若い連中のワイワイガヤガヤの楽しさ。特に自分は二番富が当たると信じ切っている男が登場するときに「ほぇーーー」と声にならないような声をあげているのがなんともいえずばかばかしくて大笑いしちゃった。
楽しかった。


勧之助師匠「寝床」
二席目は大好きな噺を、と「寝床」。
繁蔵と旦那の会話がたまらなくおかしい。なんか会話しているこの二人の顔が近い!それがすごくおかしい。
繁蔵が「提灯や」の言い訳に「急な祭りがあって提灯をたくさん作らなければならなくなって」と言うと旦那が「急な祭り?祭りっていうのは急にやるものかい?」。
豆腐屋」の言い訳でも「急な法事が入って」「法事も急にやるものかい?あらかじめ日取りを決めてやるんじゃないのかい?」。
…たしかに!と思って笑った笑った。
話しを聞いているうちに旦那の方が「おかしい」と思い始めて、ツッコミを入れたり、二人の攻防が激しくなっていくのがおかしい。

最後に「お前はどうなんだ」と聞かれた繁蔵が覚悟を決める場面もはっちゃけていておかしい~。
張り切っていた頃の旦那の声慣らしは「うぉーーうぉーー」と激しかったのが、お客が来ないと聞いて「ふぇん…」としょんぼりするのもおかしい。

勧之助師匠ってきれいな芸なので時々こういう風に「壊れる」と、そのギャップに驚いてすごく笑えるんだな。

大好きというだけのことはあって独自な面白さの詰まった「寝床」だったなー。面白かった。

あちらにいる鬼

 

あちらにいる鬼

あちらにいる鬼

 

 ★★★★★

 

人気作家の長内みはるは、講演旅行をきっかけに戦後派を代表する作家・白木篤郎と男女の関係になる。
一方、白木の妻である笙子は、夫の手あたり次第とも言える女性との淫行を黙認、夫婦として平穏な生活を保っていた。
だが、みはるにとって白木は肉体の関係だけに終わらず、〈書くこと〉による繋がりを深めることで、かけがえのない存在となっていく。
二人のあいだを行き来する白木だが、度を越した女性との交わりは止まることがない。
白木=鬼を通じて響き合う二人は、どこにたどりつくのか――。

井上光晴ドキュメンタリー映画を見たことがあったので、あれはいったいどういうことだったのか、また当事者やその家族はどう感じていたのか、そういう下世話な興味もあって読んだ。

インタビューや自分が幼い頃から見聞きしたことを「こういうことだったの?」と作家の目で練り直して、母と愛人の視点から描くというのは相当にしんどいことだと思うが、恨みがましいところがひと欠片もなく、とても清々しかった。

見て見ぬふりをして共に生きること。そういう関係から離脱すること。書くこと。書かないこと。
火の玉のような男を挟んで生きる二人の女性の魅力的なこと。
「どんどん書いてちょうだい!」と言ってくれたという愛人のモデルになっている寂聴さんも素敵だし、何も語らなかった妻である作者の母も素敵。
そして本当にどうしようもない男としか思えない作者の父も、嫌いになり切れない何かがあって、そこを描ききっているのもすごいと思う。

天晴れな生きざまをこうして一つの物語として読むことができて幸せだ。
素晴らしい作品だった。小説が好きな人みんなにお薦めしたい。

 

book.asahi.com

リリア寄席

2/15(金)、川口総合文化センター リリア メインホールでおおなわれた「リリア寄席」に行ってきた。

・小ごと「たらちね」
喬太郎「ハワイの雪」
~仲入り~
小三治「お化け長屋」


小三治師匠「お化け長屋」
まくらでは、最近話題になっているコンビニのバイトくんの動画投稿について。
「店側も24時間社員を貼りつかせてるわけにもいかねぇっていうんで深夜はバイトだけ一人とか二人の時間帯がある。その時に誰もいねぇからっていうんで、おでんの白滝をね、いったん口に入れたのをまたそこにおえーって戻したりね。それをスマホで撮ってね。あげるんだってね。そのあげるっていうのがよくわからねぇ。揚げるって言ったら天ぷらだけどね…でもなんかそれがあぶねぇんだなっていうのはわかりますよ」。
「それを見た奴がまたこれは面白れぇ!っていうんであげるんだね」

なんかあぶねぇな、と本能的に感じている小三治師匠なのだが、いかんせん「ネットにあげる」とか「拡散」というのがピンとこない。ピンとこないけど、もうそういう風になってきちゃってるからネットも便利なだけじゃないし終わりだなと感じてる、と。

師匠は案外コンビニを利用しているらしく、夜仕事から帰ってなんか小腹が空いたなと思うと近所のコンビニに行ってちゃんぽんを買ってきたり、「なんだこれ20円引き?いいじゃねぇか」と値引き商品を買ってきたりして食べてるらしい。そういうものにももしかして…と思うとなんか買う気がしなくなる。もう買うのやめようかしら。なんて言っていた。

あと、この間近所のラーメン屋に弟子と入ったんだけど、コーンバターラーメンが千円するから「高けぇな」と思ったんだけど、食べてみたらとっても美味しくて、ああ…これはうまい、ちゃんと作ってるラーメンだ、それならこの値段も高くない、と感じた、と。
「いやほんとにうまかったんだよ。これから一緒に行きますか?」。

行きます!!一緒に!!と思ったのは私だけではなかっただろう。
かわいかった。どきっとするほど。

そんなまくらから落語にはいろんな種類の噺があると言って寄席の怪談噺の説明から「お化け長屋」。

木兵衛さんのところに最初に訪ねてくる人。とても丁寧なんだけど「古だぬきの木兵衛さん」と大真面目で声をかけるのがおかしい。
また話を聞いている時の怖がり方。「ええ。ええ」と言いながらどんどん話の中に入り込んで行く様が伝わってくる。
それに対して二番目の男。全く怖がらず…でも話の続きは聞きたがり、独自な反応。
「てめぇこのやろう!おめぇがやったな!!やけに詳しいじゃねぇか」は何度見ても笑ってしまう。

最初の時は怖がる男の反応にどんどんノリノリになる木兵衛さんが、二番目の男には話の腰を折られて言葉に詰まるようすがおかしい。

楽しかった。
このホール、初めて行ったけど、駅から近くてわかりやすくてよかったな。

 

愛人 ラマン

 

 

愛人 ラマン (河出文庫)

愛人 ラマン (河出文庫)

 

 ★★★★★

18歳でわたしは年老いた―。あの青年と出会ったのは、靄にけむる暑い光のなか、メコン河の渡し船のうえだった。すべてが、死ぬほどの欲情と悦楽の物語が、そのときからはじまった…。仏領インドシナを舞台に、15歳のときの、金持の中国人青年との最初の性愛経験を語った自伝的作品。センセーションをまきおこし、フランスで150万部のベストセラー。J・J・アノー監督による映画化。 

時系列や人称がバラバラだったり、起こった出来事をこちらがすでに知っていると思っているかのような書き方になかなか慣れることができず、行きつ戻りつして読んだのでとても時間がかかった。

絶望に飲み込まれたような母と暴力的な長兄、見捨てられたこどものような彼女と2番目の兄。そんな家族への復讐のように金持ちの中国人の愛人に身を委ねる少女。

少女より愛人の方が痛々しく見えるのは彼が少女への恋慕を隠せなかったせいなのか。あるいは、本当は圧倒的に弱い立場にいる彼女が、プライドを保つことだけに必死にすがっていたからそう見えるのか。

お互いに与えるものと奪われるものがあったのだろうが、この経験があったから彼女は小説家になれたのだと思ったが、作者自身があるいはそう納得したかったのかもしれない。


赤坂 はん治の会

2/14(木)、赤坂会館で行われた「赤坂 はん治の会」に行ってきた。


・小はだ「寿限無
・はん治「百川」
~仲入り~
・小はぜ「人形買い」
・はん治「転宅」


小はださん「寿限無
「長く話せ」と言われて来たんですけど、そんなに長い噺じゃないんで、ちょっと話をしてお茶を濁します、と小はださん。
今日はバレンタインということで、僕のバレンタインの一番の思い出はですね…。高校の時に部活の後輩にバレンタインの日に手渡されまして…「先輩これ…作ったんで」って…顔を赤らめていて…。え?なに?そうなの?もしかしてそうだったの?なんて思って…もらったものを大事に持って帰って家で開けてみたらですね…これが春巻が入ってたんです。チョコじゃなくて春巻。
しかもちょっとバレンタインっぽくしようというんでしょうか。タッパーとかじゃなくて、セロファンみたいなやつに包んでありまして…時間が経ってるからでしょうか、油がしみ込んでべとべと。
これはなんだ?と思いまして、その晩は眠れません。
「バレンタイン 春巻き」とか「バレンタイン 中国」とか「春巻き プレゼント 呪い」とかで調べて…一晩明かしちゃいました。
次の日になって部活の友だちに「あのさ…もらった?春巻?」って恐る恐る聞いてみたらみんなもらっていて。
あーーーなんだそうだったのか。よかったーー。ってほっとしました。
…こんなのがバレンタインの一番の思い出です…。お茶、濁せたでしょうか。

…ぶわははは。小はださん、おかしい~!!!
前も「初めてのまくら」で、付き合った女の子から数か月後に「実は自分は女の子の方が好きみたい」と言われた、という話をしていたけど、いろいろ持ってるなぁ。
朴訥と語るから余計におかしい。笑った笑った。

そんなまくらから「寿限無」。
確かに寿限無で「長くやれ」は難しいね。
なーんか面白い「寿限無」。基本的にはそんなに変えたりはしてないんだけど、ご隠居とはっつぁんのやり取りから、名前への反応から、ばかばかしくて面白い。誰から教わったのかな。名前の順番がちょっと違っていたのが気になった。


はん治師匠「百川」
「落語家の時知らず」と言って「百川」。
「百川」のお決まりのまくらを言ったあとに「だからどうした?といわれても困るんですが」とこれもお決まりの文句なんだけど、もうそれだけでおかしい。
田舎から出て来た百兵衛さんがもうはん治師匠にぴったりですごくチャーミング。
「うっしゃ!!」っていうところ、すごくデフォルメしてやる人もいるけど、はん治師匠は「うっし」と小さく言うだけ。でもそれがなんともいえずかわいい。
河岸の若い衆のやたらと気取っているのがすごくおかしくて、大笑い。
くわいを飲みこんで階段に突っ立って涙ぐむ百兵衛さんが目に浮かぶ。
楽しかった~。


小はぜさん「人形買い」
バレンタインに平常心でいる男はいない、と小はぜさん。
ないよなと思いながらも、ドアを開けるときもなんとなく期待してすっと開けない、ちょっとためてから開けて…あ、ないよね、そりゃそうだよね。エレベーターを降りるときもすっとは降りない。ちょっとためて出て…あ、ないよね。

…ええ?そんなに期待しちゃう?
そういえば昨年もおととしもたまたまバレンタインは小はぜさんの勉強会があったから渡せたんだけど、今年は一門会だし小はぜさんにだけ渡すのもあれだしかと言って全員分用意しても全員に渡すタイミングがあるかわからないし多分小はぜさんはたくさんもらうだろうからと思って持ってこなかったんだけど、持っていけばよかったか?でもほしいのは若い女の子からだよねー。
なんて思って聞いていたら、「だから協会に送っていただくのがいいかもしれません」と。
なぜなら協会に送ってもらうと、「あら、あの人も結構やるわね」って協会の人の記憶に残って、「イケメン落語会」とかあったときに最後の一人に選んでもらえるかもしれない。
でも送られてきた名前が「ツネ」とかだとダメだ…さすがに…。もう少しこう…。
あと、小はだに送られても…それじゃなんにもならないんです。
悔しいのは、小はだなんだか小はぜなんだか協会の人に間違われてしまうこと。
「小はださん」って呼ばれちゃうこともあるし。
さっきも師匠が鈴本昼席のお知らせをした時に「小はだや…小はだも出ます」って言ってましたよね?それを聞いて小はだが「兄さん、なんかすいません」って謝ってきたのが、またっ!
あいつは春巻きでも送られてくればいいんです!

…ぶわははは。笑うわー。小はぜさんの逡巡するまくら。ツネでもいいと思うよ!
そんなまくらから「人形買い」。
テンポが良くてよどみなく楽しい。
おしゃべりな定吉が、まくらで結構喋らなくてもいいことまで喋っちゃう小はぜさんに重なって見えて、やたらとおかしい。
きちんとしすぎている感のあった小はぜさんだけど、ニツ目になってから少しやんちゃなところも見えてきた感じがあって、それが落語にも出てきていて面白くなってきてる。
占い師や講釈師の部分も隙がなく見事。
時間を考えてサゲを工夫していたのもよかったなー。


はん治師匠「転宅」
緊張気味?のはん治師匠。師匠は何をやっても面白いから自信持って~。

まぬけな泥棒がとってもかわいい。気が弱くて女に弱くてころっとだまされちゃうのが師匠にぴったり。
こういう可愛さって出そうと思って出るものじゃないからそれだけでアドバンテージ。
「一生懸命やってればいいことがあるってほんとだなぁ」「ありがてぇじゃねぇか」っていうつぶやきがかわいい。
それだけに騙されたとわかるところが気の毒で。
「ひでぇことしやがる」に、うんうんと頷いちゃう。楽しかった!

最近一門会や独演会などが増えてきたはん治師匠。
寄席でやる「いつもの」じゃない古典をやられているけど、えもいえぬおかしさがあるので、寄席でもやってほしいな。

大人は泣かないと思っていた

 

大人は泣かないと思っていた

大人は泣かないと思っていた

 

 ★★★★★

隣の老婆が庭のゆずを盗む現場を押さえろと父から命じられた翼。ところが、捕らえた犯人もその目的も、まったく予想外で―(「大人は泣かないと思っていた」)。バイト先のファミリーレストランで店長を頭突きし、クビになったレモン。その直後、母が倒れたと義父から連絡が入って…(「小柳さんと小柳さん」)他、全7編。人生が愛おしくなる、魔法のような物語。 

結婚出産の圧力やうわさ話や男尊女卑の激しい九州の田舎に暮らす人たち。

母親が出て行き昼間から酒を飲む父親と二人暮らしの翼。母親と新しくできた父親と暮らすレモン。翼の親友の鉄也。
「なよなよしている」と言われるけれど芯のある翼が実に気持ちのいい人物なので、安心して読める。

仕事も家庭も、ままならないことが多いし人間関係は不確かなものだけれど、誰にも頼らず生きていくことなどできないし、また一歩を踏み出すのに遅いということはない

先のことばかり心配して、まわりに迷惑をかけないことだけを拠り所にしていた翼の方の力が抜けたのがよかった。
面白かった。

地球星人

 

地球星人

地球星人

 

 ★★★

私はいつまで生き延びればいいのだろう。いつか、生き延びなくても生きていられるようになるのだろうか。地球では、若い女は恋愛をしてセックスをするべきで、恋ができない人間は、恋に近い行為をやらされるシステムになっている。地球星人が、繁殖するためにこの仕組みを作りあげたのだろう―。常識を破壊する衝撃のラスト。村田沙耶香ワールド炸裂! 

うわ、これはあかん。
家族からの虐待、塾の講師からの性的虐待という主人公が受けてきた現実が酷すぎて、その後のぶっ飛んだ展開でも昇華しきれない。

労働と繁殖を強いてくる「地球星人」に「宇宙人」として反撃するけれど、彼らの異常さよりも、主人公の母と姉の醜悪さの方が気持ち悪くて、嫌悪感しか残らなかった。

その後の展開を見ると彼らは現実があまりに辛いから想像の世界に逃げていたわけじゃなく真に宇宙人だった?現実と想像を切り分けて考える時点で今ある価値観に囚われている証拠?

結局私も今の価値観から出られないということなのかもしれないが、ちょっと私には理解しがたい世界だった。

末廣亭2月中席夜の部

2/12(火)末廣亭2月中席夜の部に行ってきた。
陽子先生の途中から入ったんだけど、代演含めて好きな人ばかりという幸せな並び。

・陽子「カルメン
・伸治「あくび指南」
宮田陽・昇 漫才
・南なん「短命」
~仲入り~
・遊喜「真田小僧
・小助・小時 太神楽
・夢花「疝気の虫」
・可龍「こうもり」
・南玉 曲独楽
・遊吉「城木屋」


伸治師匠「あくび指南」
にこにこ笑顔で登場。
客席を見渡して「今日は夕べの半分ぐらいのお客さん。これぐらいがいいんです!立ち見なんか出ちゃうともう大変。お客様がね、後ろに立って、こういうふうに腕組みしてにらんでるの。”なんでこんなもんに三千円も払って立って見なきゃなんねぇんだよ!”って。それに比べたら今日はこうしてゆったり座っていただいてね…出てくるあたしたちもふわふわした芸でね…だいたい今日なんか誰がどこに出てるのかめちゃくちゃだしね…寄席はね、それがいいんですよ」。
そんなまくらから「あくび指南」。
伸治師匠の「あくび指南」は何度か見ているけど、今日はもういつも以上にご機嫌で座布団の上ではねるようでもうかわいいしおかしいし癒される~。癒されるっていう言葉使いたくないけどこれを癒しと呼ばずして何を癒しと呼ぶのか。

あくびの稽古に行く男がもう最初から最後までご機嫌で楽しんでいて、それを受け入れるあくびの師匠もご機嫌で、ほんとに楽しい。
師匠があくびの説明をするところ。四季のあくびの説明をしたあとで「難しいのは寄席のあくび。これは二つ半。3つすると噺家が即死するから二ツ半。ここが難しい。」「もっと難しいのが臨終のあくび。ここまでいくと師範級」。
そして師匠のあくびの見本がきれい。ここが肝心だよねー(笑)。
たっぷりの「あくび指南」楽しかった~。


夢花師匠「疝気の虫」
わ、うれしい!この噺を寄席で聞けるとは。しかも夢花師匠で。
おかみさんがお蕎麦を食べるところでつい「そば清」を思い出してしまった。夢花師匠といえばこの噺という印象が強いから。
お蕎麦を食べて元気になってエイヤエイヤやりだす虫の動きが独特でおかしい。
楽しかった。


遊吉師匠「城木屋」
落語がどんなふうにして始まったか、最初の寄席、三題噺のまくらから、「城木屋」。三題噺のまくらで、「城木屋」だな!と気づく私は遊吉師匠ファン。
どちらかというとちょっと「おえっぷ」となる噺だけど、遊吉師匠のふわっと軽くてめちゃくちゃ速い喋りだと最初から最後までとってもおかしい。
すごいと思うんだ、この師匠の喋りのスピード。テンポよくよどみなく次々言葉が出てくるんだけど「どや!」なところが全くなく自然でとても聞きやすい。

この噺の聞かせどころはお裁きの時の丈八の「東海道中膝栗毛」尽くしでシャレる言い立てだと思う。遊吉師匠の場合は、ここがもう流れるようにつらつらつらーーーっと言い立てるんだけど、力の入ったところが全くないの。
話を始めた時に「府中」と聞くと我々はお馬さんのいるところを思うけどそうではなく、当時は東海殿53次に入っている静岡の府中宿を指していますと言っていたのが印象に残っているので、サゲもストンと理解できる。楽しかった!

女の一生

 

女の一生 (新潮文庫)

女の一生 (新潮文庫)

 

 ★★★★

修道院で教育を受けた清純な貴族の娘ジャンヌは、幸福と希望に胸を踊らせて結婚生活に入る。しかし彼女の一生は、夫の獣性に踏みにじられ、裏切られ、さらに最愛の息子にまで裏切られる悲惨な苦闘の道のりであった。希望と絶望が交錯し、夢が一つずつ破れてゆく女の一生を描き、暗い孤独感と悲観主義の人生観がにじみ出ているフランス・リアリズム文学の傑作である。 

いわゆる「名作」と呼ばれる作品を中学生~大学生の頃に結構たくさん読んでいる。昔から本が好きだったというのもあるけど、本をたくさん持っている叔父さんがいて物置に文学全集のような本をたくさん仕舞い込んでいて「好きなの全部持って行って」と言われて、せっせと家に持って帰っては訳も分からずに読んでいたのだ。
女の一生」もやはりそのころに読んで「なんかすごい話だなぁ」と思った記憶がある。
当時そういう本を読み漁っていて、全てをきちんと理解できていたわけではないけれど、名作といわれるものは、いわゆる優れた人間や道徳的な物語を描いた作品のことを指すのではないということは体感していた。

女の一生」は1883年の作品。
善良な両親に守られ何不自由なく育ったジャンヌが恋に落ち純粋無垢なまま結婚するが、夫になった男の獣性、狭量、度重なる浮気に愛情を失い、自分の情熱を今度は生まれてきた子どもに注ぐものの、甘やかして育てた息子は金を無心するときにしか連絡をして来ず、気づけば財産を失い途方にくれる。

これが「女の一生」ですよ、と言われると、なんて悲惨な人生なんだと憤りを感じるが、ジャンヌにも幸せな瞬間がなかったわけではない。
例えば夫になるジュリヤンと出会ったばかりの頃。
結婚生活が始まってからは失意の連続ではあったけれど、時にはジュリヤンをやり込めたり、その吝嗇ぶりを両親と笑い飛ばしたり…。
息子が生まれてその可愛らしさに今までの苦労も吹き飛び愛情を注いだり…。
希望を感じた瞬間もなかったわけではないけれど、結果的には全てに裏切られ絶望することになる。

時代的なこともあって、「女性」として常に受け身でいるからこうなってしまったのだと思う一方、今の時代にあってもそのような不自由さが全くなくなったわけではないのだとも思う。どうあがいてもどうにもならないこともある。

失ったものに目を向けるのではなく手に入れたものを見つめるロザリの鈍感さと逞しさが印象に残った。

玉川太福と学ぶプチ体験付き浪曲講座 ノラやのぉぉ HACOでぇぇ 唸ってみようぅぅぅ

2/11(月)、ノラやで行われた「玉川太福と学ぶプチ体験付き浪曲講座 ノラやのぉぉ HACOでぇぇ 唸ってみようぅぅぅ」に行ってきた。


・太福・みね子・小せん 浪曲講座
~仲入り~
・太福・みね子「天保水滸伝 鹿島の棒祭り」


太福さん・みね子師匠・小せん師匠(特待受講生) 浪曲講座
浪曲講座」と書いてあったけどそんなに本格的に「講座」だとは思ってなかったので、太福さん自作のテキスト(3ページ)が配られてびっくり!
何も考えずに前の方に座っちゃった。指されたらどうしよう(笑)。

太福さんの浪曲入門講座は聞いてみたかったけど、べつに私自分がうなりたいわけじゃないし。いいですって。そんなにお客さんも一緒に歌わせなくても。
と思っていたんだけど、やってみると楽しい!日常生活で大きな声を出すようなことってまずないし、ここ5年ぐらいの演芸生活もあくまでもこちらは「見る側」だったから、なんかすっきりするぞ!
また特待受講生の小せん師匠のほどのいいこと。

後半はついに恐れていた「さあ、お客さんも前に出てうなってみましょう」になったんだけど(ひたすら下を向く!)、男気のあるお客さん(女性も男性も)が「はいっ」と手を挙げて出てくださったおかげで、「じゃ、前のあなた」と指されることもなく、ほ~っ。

あーでもたのしかった。そしてしみじみ感じる。ほんとに太福さんっていい人ねぇ…。
そして黙ってるけどうまーく合わせてくれるみね子師匠かっこいい!
面白かった。

太福さん・みね子師匠「天保水滸伝 鹿島の棒祭り」
初めて聴く話。(浪曲だと話でいいのか?曲になるのか?それすらわからない)

任侠もの。
剣の名手だが酒好きで酒癖の悪い平手造酒。酒の失敗がもとで道場をたたみ、用心棒として笹川繁蔵の世話になっている。
鹿島の棒祭りに出張って行きたい平手を引き止める繁蔵。お前は酒癖が悪いから祭りのような場所に出て行くのは危ないと言う。どうしても行きたいのであれば祭りの間は禁酒をしろと言われて諦めかける平手だが、戻ってきたらいい酒をたらふく飲ませてやると言われて出かけて行く。

最終日、よくぞここまで辛抱したと褒められた平手は、甘酒ぐらいなら飲んでもいいと言われて料理屋へ出かけて行くのだが、店の女の子に「お神酒はいただかないのですか」と言われ、「酒はだめでもお神酒ならいいだろう」と飲み始めてしまう。
いったん飲み始めると1本では済まず2本3本…これで終わりにしようと思っていた最後の一杯。店にドカドカと入って来た男たちの砂ぼこりが入ってしまい、喧嘩をふっかける平手。
店の主人がどうにかおさめたのだが、その男たちが敵対している組の連中と聞いて、刀を抜く…。

おおお。やっぱり浪曲と言えば任侠ものなのね!
酒を飲まないで3日目の平手のすっかり生気が抜けた様子とか笑いどころも作ってくれて、太福さんらしいメリハリがきいていて、楽しかった。

雲助浅草ボロ市

12/9(土)、浅草見番で行われた「雲助浅草ボロ市」に行ってきた。
今年はもっと雲助師匠を見たいと思っている。それにはやっぱりこの会でしょう~。
雪の予報だったからお客さん少ないかなと思っていたけどなんのなんの。開場前に入れてくれたけどどんどんどんどんお客さんが入ってくる。雲さま人気すごい。


・市坊「道灌」
・雲助「時そば
・龍玉「もぐら泥」
~仲入り~
・雲助「菊江の仏壇」


雲助師匠「時そば
名前を変えてずっとやってきたこの会、さすがにネタも尽きてきた。
主催者も気を使ってくれて「ボロ市」からはスケを一人頼み仲入り前にたっぷりやってもらうことに。たっぷりやってほしいから、この際うまい下手は別にして、とにかく長講好きな…長くやらないと気が済まない…リトルさん喬みたいな若手を探して来てもらってる。

…ぶわはははは!!!雲助師匠の口から「リトルさん喬」という単語が飛び出したのがもうおかしくておかしくて大爆笑。

と言いながら今日は龍玉なので、あいつちゃんとやってくれるかな、とそっちの方が心配、と。
お蕎麦は音を立てて食べるからおいしい。これを周りに気を使って音をたてないようにして食べたらうまくもなんともない、と言って、おそばをすくって周りをきょろきょろ見渡して音をたてずにちくちくちくっと食べるしぐさ。もうこの一連の動きがおかしくておかしくて。豊かな表情とデフォルメされた動作がたまらない。

そんなまくらから「時そば」。
最初の蕎麦屋さんのお蕎麦のおいしそうなこと。出汁のいい香りがこちらにも漂ってくるようで、思わずごくり。
二番目の蕎麦屋さんの蕎麦がなかなか出てこなくて客が所在なく着物の袖をパタンパタンとするところ。何度見てもほんとにおかしい。規則的なようで不規則な動きもあって目が釘付け。
思わず吐き出すほど苦い出汁にべちょべちょの蕎麦。しかも「世間では景気がいいなんてことを申しますが私どもはもう毎日家族が命をつないでいけるかどうか」。
張り切って家を飛び出してきた男がどんどん気落ちしていくのがおかしかった~。


龍玉師匠「もぐら泥」
スケがたっぷりやりますとハードルを上げられたけれど、いつものように淡々といつもの噺。
龍玉師匠って自分の会では凄い長講をやるけど寄席や二人会だとほんとに決まった噺ばかりでそこが不満。もっとそういう噺を増やせばいいのになぁ。なんか勿体ない。

とはいえ、泥棒の鯉のまくらだけですごい完成度の高さで、最初に泥棒が脅すところの迫力に場内しーんとなって、泥棒の親分の最後のセリフで会場がどっかん!!と大笑い。すごい。

龍玉師匠の「もぐら泥」は何度も見ているけど、今回はたっぷりバージョン。
泥棒に入られる家の旦那、帳面があわなくて何度も計算しなおしておかみさんに「お前なんか俺に内緒で買わなかったか?」。
女房は「ええ?そんなこと…あらいやだ。そういえばおみつさんとお揃いで反物を買ったんだよ」。
そんな会話をしている家の外では泥棒が土を掘って中から腕を入れて鍵を開けようとしている。
この旦那、もうちょいイラっとくるとおかみさんを殴りそうだし、おかみさんはどこかの男と浮気していそうな悪の雰囲気。
泥棒に気づいた旦那が細引きで縛り上げてそれをおかみさんがあれこれ言うのを聞いて泥棒が二人を説得しようと泣き落としにかかったり脅しにかかったり…。この泥棒も隙があれば家に火をつけそうだし人殺しもしそう。

みんながみんな本気で悪そうな雰囲気を醸し出してるの、すごい。
泥棒に声をかけられて助けようとしたもののがま口を見つけて逃げ出す男もこれからますます転落していくんだろうな、と思わせる。
内容のばかばかしさと登場人物の悪の気配のギャップが面白い「もぐら泥」だった。

 

雲助師匠「菊江の仏壇」
若旦那の道楽…と始まったので「木乃伊取り」かなと思っていると、若旦那のお嫁さんのお花が病に伏せている…うわっ「菊江の仏壇」!私が落語の中で一二を争うほど嫌いな噺!

何が嫌いってこの若旦那。お嫁さんに来たお花さんが病気になったのに見舞いにも行かず吉原通い。花魁の菊江に入れ込んでいるんだけど、この菊江がお花に瓜二つ。お花は良くできた女でそこに息が詰まる、それに引き替え、菊江は自由奔放で一緒にいて楽しい、と。
なんて勝手な男なんだーと思うのだ、いつも。それが…。

大旦那が酔って帰ってきた若旦那を部屋に呼びつけて小言を言うところ。
お花を見初めて嫁にしたいと言ったのはお前じゃないか。一人娘で嫁にやるのを渋るのを何度も説得してようやく嫁に来てもらえたというのに、お前ときたら最初のうちは遊ぶのをやめたが3か月もするとまた吉原に通うようになり…と大旦那に言われた若旦那が、自分のそういうところは親父譲りなのだ、と言う。
大旦那が「堅い自分と遊び人のお前、どこが似てると言うのだ」と怒ると、若旦那が親父は神信心であちこちの寺や神社に通っていたが、ある時大きな仏壇を買ってこれで満足したあと思っていたら3か月もするとまた寺に通いだした、と。
これにはちょっと笑ってしまった。

あと、大旦那がお花の見舞いに出かけたあと、若旦那と番頭の会話。
店の金を10両ほど都合してくれと言う若旦那に「そんなことはできない」と番頭。
そこで、若旦那が番頭が新内の師匠を隣町に囲ってることを知っていると脅すんだけど、このシーンも「恐喝かよ!」といつもは腹が立つんだけど、番頭が慌てるけどそれほど深刻に受け止めてないようで…大旦那といる時は堅い大旦那に合わせているけれど、実は遊び人のところもある番頭で、だから若旦那の脅しにも全く動じてないのかな、と思わせる。だからいつもは嫌いな場面だけどそんな嫌悪感は感じなかった。

そんな番頭に「なんであんなにできたお嫁さんを大事にしないのだ」と言われた若旦那が「できてるからいっしょにいると見透かされているようで…」と言う。
さらっと一言だけそう言って、それを聞いた番頭も「まぁわからないじゃないですが」。
うおおお、この部分が若旦那が感情的に訴えれば訴えるほどイラっとくるところなんだけど、この一言だけでなんかこう伝わってくるものがあって、この噺の印象が全く変わった。

確かに勝手な話ではあるけれど、大旦那がお花のことを庇えば庇うほど若旦那は孤立してしんどくなったのだろうな、と。
お花が病気になって、それは自分のせいだからそばにいてやらなければならないと思えば思うほど重荷になって、そこから逃げ出したくなっていたのか。

今日ばかりは吉原に行ってはいけない。そのかわり菊江をここに呼びましょう、と言う番頭。
店は早じまいにして奉公人には自分の小遣いから酒やご馳走を買って懐柔。
大はしゃぎをしていると、お花が亡くなって若旦那への怒りに燃えた大旦那が定吉を連れて帰ってくる。
この間の悪さといたたまれなさが酷いんだけどなんかばかばかしくもあってちょっと笑ってしまう。

うおおおお。なんでこんな噺を落語に??と思い続けてきたけれど、こんなことまで最後ちょっと笑ってしまうからこその落語なのかも。

なんかほんとに目から鱗で、感動してしまった。雲助師匠ってすごい…。
しかもそれを噺を大きく変えたり説明を加えたりしないのに、ふわっと伝えてくるって。

私の好き嫌いなんてほんとは自分の偏狭さとか理解力のなさから来ているのかもしれないなぁ。決めつけはいかんなぁ。
大満足な会だった。

巨大なラジオ / 泳ぐ人

 

巨大なラジオ / 泳ぐ人

巨大なラジオ / 泳ぐ人

 

 ★★★★

その言葉は静かに我々の耳に残る――短篇小説の名手ジョン・チーヴァーの世界。彼を抜きに五〇年代のアメリカ文学は語れないと村上春樹は言う。ジョン・チーヴァーはサリンジャーと同時代にザ・ニューヨーカー誌で活躍し、郊外の高級住宅地を舞台に洒脱でアイロニーに満ちた物語を描いた。ピュリッツァ賞も受賞した都会派作家の傑作短篇選! 全作品から村上春樹が二〇篇を厳選して翻訳し、各篇に解説を執筆。 

面白かった。
アンソロジーで読んでいた作品(「シェイディー・昼の泥棒」「再会」)もあって、記憶力のない私にしたら珍しく覚えていた。

テイストが似ているようでいてどれも違うので、20編入っているのだが飽きることがなかった。煮詰まった結婚生活を描くのがうまい!そして、なんかいい感じに振る舞えてるオレからこんなオレはありえないへの転落のスピードもリアル。

苦い物語が多いのにシニカルが鼻につかないのは稀有。

村上春樹さんと柴田元幸さんの対談も二人のファンからするととってもお得。

言葉人形

 

 ★★★★

かつて、野良仕事に駆り出される子どもたちのために用意された架空の友人、言葉人形。それはある恐ろしい出来事から廃れ、今ではこの小さな博物館にのみ名残を留めている―表題作ほか、大学都市の展望台で孤独に光の研究に励む科学者の実験台として連れてこられた少女の運命を綴る「理性の夢」、世界から見捨てられた者たちが身を寄せる幻影の王国が、王妃の死から儚く崩壊してゆく「レバラータ宮殿にて」など、世界幻想文学大賞、シャーリイ・ジャクスン賞、ネビュラ賞アメリカ探偵作家クラブ賞など数々の賞の受賞歴を誇る、現代幻想小説の巨匠の真骨頂ともいうべき十三篇を収録。 

面白い!とワクワクする作品と、ええと…なんでしたっけ?と集中力が途切れる作品があった。ファンタジー色が強い作品は私の頭が付いて行けなかったのかも。

好きだったのは「ファンタジー作家の助手」「<熱帯>の一夜」「言葉人形」「夢見る風」。

「白い果実」シリーズは2作目で挫折してるんだけど、再挑戦してみようかな、という気持ち。

私に付け足されるもの

 

私に付け足されるもの (文芸書)

私に付け足されるもの (文芸書)

 

★★★★★

トラに襲われたい。これは、くだらないのに難しい、願望の話。芥川賞&大江賞&谷崎賞作家が贈る、充実の12作品。

どこが好きかと聞かれると答えるのが難しいんだけど、たまらなくいい、大好き。

当たり前のなんてことはない人たちの日常だけど、ちゃんと一人でちゃんと人とも関わっていてちゃんと暮らしてる。普通の生活の中で、好きだなと思ったり違和感を感じたり…少しだけ風向きが変わる瞬間を無駄のない言葉できちっと表現してる。

文章が好きだなぁ。よく練られてるけど作為的じゃなくて素朴。

「私に付け足される」…この発想がまたいい。

特に好きだったのは「Mr.セメントによろしく」「桃子のワープ」「Gのシニフィエシニフィアン」「瀬名川蓮子に付け足されるもの」。

誰でもときに身を切るほど辛い経験をするし、誰でも平気になる。今から思えばよくある失恋で、特別なことでもない。
(中略)
執着した恋愛相手より、干渉せずに暮らした、名前もうろ覚えの同居人の方が今は懐かしい。

かつて、大昔に、誰かや誰かに対して抱いた自分の気持ちに今また瞬時に降り立ったのだ。性懲りもない、年甲斐もないと自嘲しながら、しちゃったものは仕方ない。

恋はしたいと思ってするものではないし、もう二度としないと誓ってしないでいられるものではない。しちゃうものなのだ。
でもその熱が冷めてみれば、それはただの「恋」で、別に懐かしくもなんともない。それよりその時に気を紛らわせるために一緒にいた人の方が懐かしい。この感じ。リアル。

大好きな長嶋有さんだけどこの作品はその中でも上位に来る感じ。よかった。