りつこの読書と落語メモ

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死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

 

死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

 

現役外科医にして「ニューヨーカー」誌のライターである著者が描く、迫真の人間ドラマ。人生の終盤をよりよくするために奔走した人々のエピソードが圧倒的な取材力と構成力で綴られた本書は、読む者に自らの終末期の選択について多くの問いを投げかけるだろう。終末期をどう生き、最期の時をどう迎えるのか。私たちは豊かに生きることに精いっぱいで、「豊かに死ぬ」ために必要なことを、こんなにも知らない―。

★★★★★

病気になって病院に行くとき誰もが治ることを期待しそのためなら費用も副作用もどうに我慢しようと考える。これは本人だけでなく治療する側も同じで、だからこそ治らない患者に副作用の酷い治療を施したり、終末を迎えようとする患者に心無い言葉をかけてしまうことにつながっている。

作者自身が医師であることもあって、勉強したりいろんなケースを見てきたことと、自分の親を看取った体験からの感じたこともあり、知と情その両方から語られているので、非常に客観的かつ心に触れる内容になっていて素晴らしい。

「人間は一度しか死ねないのだから、死の経験から学ぶことはできない」という言葉が胸に沁みる。
避けては通れないことなだけに、家族にも読んでほしいし話しあいたいと思った。

素晴らしい本だった。まわりの人にもすすめたい。

柳家小のぶ独演会

12/14(木)、お江戸日本橋亭で行われた「柳家小のぶ独演会」に行ってきた。

・市朗「狸札」
・市楽「野ざらし
・小のぶ「宮戸川(上)」
~仲入り~
・小のぶ「芝浜」


小のぶ師匠「宮戸川(上)」
隅田川は場所によって呼び方がいろいろ違っていた、と。
宮戸川も隅田川のことだとは知らなかった。
噺をする前に小のぶ師匠からいろいろ普段は聞くことができない蘊蓄を聞かせてもらえるのがとてもうれしい。
また長い噺は寄席で全部をかけることができないので途中で切ることが多く、これからするお話も後半はあまり面白くないのでめったにやられることはありません。今回もそうです、と。

そんなまくらから「宮戸川(上)」。
正直この噺好きじゃなくて寄席でもこれがかかると「あーあ」と思うくらい聞き飽きちゃってるんだけど、これがもうひっくりかえるほど面白くてびっくり。
もしかして今寄席でかかってるかたちって小のぶ師匠からなのかな。
基本的にはよく聞くかたちなんだけど、いやらしさがぜんぜんなくてカラっと明るくて、でもめちゃくちゃ面白い。

はんちゃんを追いかけるお花ちゃんのしぐさはないんだけど、はんちゃんが袖をひっぱられて後ろを振り向く、っていうその繰り返しがたまらなくおかしい。
元遊び人というおじさんがはんちゃんに扉を叩かれておばあさんを起こそうとして寝顔を見て「しわだらけになったもんだな…。顔にしわができたんじゃないな。しわの間に顔が入ってる」とつぶやくおかしさ。
おじさんとおばさんの会話もなんともいえず楽しい。

はんちゃんとお花ちゃんのシーンもごくあっさりしていていやらしさがなくて楽しかった!


小のぶ師匠「芝浜」
この噺は昔は「馬入」とタイトルがついていた。
「馬入」というのはぼてふりの魚屋さんがお金を入れていた袋のこと。
ぼてふりも少なくなって馬入もわからなくなってきたため「芝浜」とタイトルが変わった。
そんなまくらから「芝浜」。

おかみさんがくまさんを起こすところから。
「くまさん、くまさん、起きておくれよ。くまさん、くまさーん」とおかみさんが激しく揺り起こすのがすごくおかしい。
もうこの始まり方だけで、好き!と思う。

約束したじゃない。だから夕べお酒を飲ませたのに。あれは嘘だったのかい?
おかみさんに言われ、用意もしてあって、仕方なくいやいや河岸に行くくまさん。
おかみさんが時間を間違えたことがわかり仕方なく芝浜で煙草を一服。財布の紐が目に留まり財布を手繰り寄せて…。
そこからもうびっくりするぐらい激しく(笑)家に走って帰る。
だけど扉を叩くのはあくまでも静かに、ひそひそ声で「おい、開けてくれ」。

財布の中が50両あると分かった時、くまさんは嬉しそうになり、おかみさんは不安そうな表情を見せる。
お酒をすすめるときの顔で、おかみさんがどうにかこのお金をなかったことにしようと決めていることがわかる。

 3年経って、くまさんが借金なしで年末を迎え、新しい畳に心底嬉しそうなのが、見ているこちらも清々しい。
あれは嘘だったと告げるおかみさんがめそめそしてなくて素敵だ。

最後のセリフも人のいいくまさんのおっちょこちょいがにじみ出るようで、とてもよかった。
いやぁいいもの見たー。幸せー。

中野新橋寄席

12/12(火)、八津御嶽神社で行われた中野新橋寄席に行ってきた。

・小はぜ「厄払い」
・今松「家見舞い」
~仲入り~
・今松「火事息子」

小はぜさん「厄払い」
今年からこの会に呼んでいただけるようになってうれしい…できれば来年も引き続き呼んでいただけたらいいんですが、と小はぜさん。
今年も残すところあとわずか。世間はそれを喜んでるようですけど、私は年が明けることをそんなに手放しに喜べない。
明けたからっていいことが待ってるとは限らないよ。今年がずっと続いていっそ明けなければいいのに…。

ネガティヴな発言も小はぜさんに言われるとなぜか微笑んでしまう。
愚痴っぽい感じがないからかなぁ。

そんなまくらから「厄払い」。
ここに出てくる与太郎さん。
明らかに「読んでる」口上だったり、お客さんにぜーんぶネタバラシしちゃったり豆をもらって食べてお茶と楊枝をほしがったり…。やってることは結構ひどいけどなんか憎めないキャラクターだな。
この時期でないと聞けない噺。楽しかった。


今松師匠「家見舞い」
今松師匠の「家見舞い」は寄席で聞いたことがあるけど、楽しい~。
仲間外れにされた二人が常にお金がないのが二人の会話から見えてきて、なんともいえずおかしい。
「ま、そりゃそうだな、ないから誘われなかったんだもんな。道理にかなってるわ」。

兄貴分の家でごちそうになってるとき「これは瓶の水…」と食べずに考え込んでる弟分の姿が浮かんできて、それに笑ってしまう。
楽しかった。


今松師匠「火事息子」
近くで火事があって大慌てしたものの自分の店にまでは火がまわらないとわかってほっとして番頭さんとお茶を飲んでいる大旦那。
定吉から「目塗りもしないとはひどい」と近所の人たちが噂していると聞いて世間の手前目塗りをしなきゃと言う大旦那はとても実利的で大店の大旦那らしい鷹揚な感じがする。
一方番頭さんの方はよく気が付いてちょこまかした感じ。

ハシゴにのぼったものの下から投げられた目塗り用の土を受け取ることができない番頭と大旦那とのやりとりはなんともいえずおかしい。
にっちもさっちもいかない二人を見かねたように屋根の上をつたってやってくる火消しになった一人息子。
まくらで火消しは何かと評判は悪かったけど、きれいな男が多かったというのを聞いていたので、その美しい姿が浮かんでくる。

親子を引き合わせようと大旦那を説得する番頭さんに、じーん…。
そして猫を放り出して息子に会いにくる母親のどこからどこまでも甘い愛に、笑いと涙が沸きあがってくる。
火事が好きだから火事があったら息子が帰ってくるんじゃないかと火事を心待ちにしていたとまで言うおかみさんに思わず笑ってしまうけれど、その気持ちわかるなぁ…。
おかみさんがそういう反応をするとわかっているから大旦那も安心して厳しいことを言えるのかもしれない。

全く大仰なところのない、とてもさっぱりとした「火事息子」だったけれど、親子の情が伝わってきて、とてもよかった。素敵だった。

 

馬治丹精会

12/11(月)、内幸町ホールで行われた「馬治丹精会」に行ってきた。

・寿伴「まんじゅうこわい
・馬治「居酒屋」
・ペペ桜井 ギター漫談
~仲入り~
・馬治「芝浜」


馬治師匠「居酒屋」
聞きなれたお酒のまくらで(にわとり上戸、壁塗り上戸、苦虫かみつぶし)笑ってしまう。こういう酒飲みいるいる!というのがおかしくておかしくて。
ネタ出しされていた「居酒屋」。好きなんだよなぁ、この噺。ばかばかしくて罪がなくて。酔っ払いに絡まれる方はいい迷惑だろうけど。
早く帰ってほしい小僧さんと帰りたくない酔っ払い。何か歌えと言われた小僧が「蛍の光」を歌い出したのに大笑い。その後「君が代」で酔っ払いが「背筋が伸びちゃうだろ!」。

兄貴分が迎えに来てからのグズグズ具合も最高~。
あきれながら、そして人目を気にしながら世話をやく兄貴分と、ぐでぐでに酔っぱらっててお世話されながら兄貴に「申し訳ない」と多少は思ってる酔っ払いの対比が楽しかった~。

ペペ桜井先生 ギター漫談
ゲストがペペ先生って嬉しい~。いつものネタだけど嬉しくて全部笑ってしまう。
歌いながらハーモニカって寄席ではあんまり見たことないから得した気分。
めちゃくちゃばかばかしくて最高だった。ラブ。


馬治師匠「芝浜」
「居酒屋」をネタ出しして、ネタ出ししないで最後に「芝浜」やるって…すてき。
多分逆だったら行かなかったかも…。そんなに「芝浜」好きじゃないんだ。
だけどすごく良かったのだ、これが。

始まりが「お前さん起きておくれよ」じゃなくて、酒好きのくまさんがどんどん酒におぼれていって仕事で信用を失って、さらに酒に逃げるようになってしまうところから。
またくまさんが芝の浜で財布を拾う場面もなかったり…いろいろ違っていて馬治師匠の工夫なのかな。
あの「いつもの」形じゃなくて、それがすごくよかった。

財布を拾って五十両入っていると分かった時にくまさんが「これで遊んで暮らせる!おれはもう二度と仕事はしねぇ」というんだけど、その言い方がおかしくもあり情けなくもありで、おかみさんが不安な気持ちになるのがとてもよくわかる。
夢だと言い張るおかみさんに最初のうちは「そんなわけねぇだろう」と言っていたくまさんも、あれ?そうだっけ?あ、そう言われれば…あちゃーーってなるのもリアルだし、くまさんの人の好さもあらわれていて、とてもいい。
もうだめだ死のうというくまさんに「死ぬ気になって働けばどうってことないよ」と答えるおかみさん。「そうかな」とおかみさんに頼っているところが憎めない。

そうとなればさっそくすぐに市に行くよ、でも道具が…と言うくまさんにおかみさんが前の日と同じセリフで答えると「なーんか覚えがあるんだよな」。
全体的に笑いどころがたくさんあって、人情人情してなくて好きだなー。

3年たって、お客さんの喜ぶ顔を見るのが何よりうれしいというくまさんにおかみさんが3年前のことを告白すると、最初は「俺があの時どれだけ情けない気持ちになったか」とおかみさんに手をあげようとするくまさん。
おかみさんの話を最後まで聞くと「ありがとうございます」と丁寧になるくまさん。
くまさんの人の好さと人間の弱さが出ていて、馬治師匠らしいチャーミングな「芝浜」だった。

四人の交差点

 

四人の交差点 (新潮クレスト・ブックス)

四人の交差点 (新潮クレスト・ブックス)

 

 ★★★★★

四人の声で語られる百年の物語フィンランドの新鋭、衝撃のデビュー長篇。助産師として強く生きた祖母。写真 技師だった奔放な母。子供好きで物づくりに長け、若くして亡くなった父。それぞれの声で語られる喜びと痛みの記憶は、結末でやがて一つの像を結び、ある秘密を照らし出す。北国の歴史と一家の営みが豊かに響きあう、百年の物語フィンランドでベストセラーとなった「家」をめぐる傑作長篇。 

私生児を産み助産師という仕事に打ち込み家を増築することを生き甲斐に生きてきたマリア。
娘ラハヤもマリアと同じように私生児を産むが子煩悩なオンニと結婚し彼との子どももうける。
母とは違う幸せをつかんだかに見えたがオンニには誰にも言えない秘密があった。

オンニの拒絶に傷つき攻撃的で子どもに愛情を示すことができない嫌な女ラハヤに何故かとても共感してしまった。一つ屋根の下に暮らしながら本心を明かすことなく秘密を抱えて苦しむ孤独な人たち。

家族ってこんなに寂しいものだったっけ…。

全体的にもやもやと陰鬱な作品だけれど、フィンランドの風景や家の描写なども含めて、とても好きだった。

森へ行きましょう

 

森へ行きましょう

森へ行きましょう

 

★★★★★

並行して語られるルツと留津の物語。
パラレルワールドなのかどちらかがフィクションなのか。

自分の前に広がる道は無限で選択肢はたくさんあってその都度選ぶことができるが、自分の後ろには選択してきた道が一本伸びている。

結婚するのかしないのか、仕事を続けるのかやめるのか、恋愛の激情に身を委ねるのか留まるのか。

二人の「るつ」はある時点では留津の方が、またある時点ではルツの方が幸せに見える。
後半になるとさらに大勢の「るつ」が出てきて現実と虚構の区別がつかなくなる。

どんな選択をしたとしてもそれが自分の人生だし、それがまぎれもない「自分」であることに変わりはない。
過去は変えられないけど未来は変えられる。
そんなメッセージを受け取った。

とても面白かった!

三遊亭萬橘独演会「つきつきまんきつ」第39回

12/6(水)、道楽亭で行われた三遊亭萬橘独演会「つきつきまんきつ」第39回に行ってきた。

 

・まん坊「出来心」(前半)
・萬橘「尿瓶」
・萬橘「粗忽の釘
~仲入り~
・萬橘 質問コーナー
・萬橘「不動坊」


萬橘師匠「尿瓶」
アウェイな会で子どもに生意気なつっこみをされたまくらから「尿瓶」。
侍に威厳があるだけに、尿瓶に花を生けるところがすごく面白い。
本屋さんがそれに気づいて教えてあげるところもすごくきちんとしていてなんかちょっと感動した。
萬橘師匠って噺を独自に変えたりするけど、それが全然噺の邪魔になっていなくてそこらへんのセンスがすごいなぁと思っていたんだけど、小さい会場で見ていると、すみずみまで結構心を配っているのがわかるなぁ。

萬橘師匠「粗忽の釘
最初から最後までばかばかしくてすごく楽しい。
タンスを持ち上げるところ、顔が妙に笑った感じになるのがすっごくおかしくて大爆笑。
こういう聞き飽きた噺でこれだけ笑わせられるってやっぱりすごいな。


萬橘師匠 質問コーナー
仲入りで集めた質問に萬橘師匠が一つ一つ丁寧に答える。
いやぁ…萬橘師匠ってすごくまじめな人なんだな…。ポッドキャスト聞いたり、天どん師匠との会を見たりしていると、なんかめんどくさいだけの人みたいに思うけど、そんなことないんだ。ちょっとびっくり。

私の質問、「末廣亭はどうでしたか」に対して、「あそこはやっぱり特別な場所。伝統というだけじゃない…なにか特別なものがある空間」「自分は代演で出させてもらってるから…その場合はとにかく絶対ウケなきゃいけない。ウケて沸かせる義務がある」「そうじゃなく自分のホームとしてあの場所でやってみたい、と出るたびに感じる」と。

なんかすごくよくわかるし、まじめさというか真摯というか…ちょっとじーんとした。

あと「まくらはどうやってきめるのか」という質問に、会によって自分が求められている立ち位置とかお客さんからどう見られているかというのによって決めている、というのが印象的だった。

「今後サゲを変えてやりたい噺はありますか」という質問に、「サゲを敢えて変えようと思ってやっているわけではなくて、噺を壊さないで噺の面白さがよりわかりやすく伝わるようにしたいということを常に考えていて、その流れでサゲを変えている」。
うーん。なるほど。すごくいろいろ考えてる人だなー。
誰かと一緒の会だと結構「めんどくさい人」に見えるけど…そして本人もそれを期待されていると思ってあえてそうしているような感じもあるけど…自分一人の会だとこんなに率直に話をしてくれる人なんだ。なんかすごく新鮮。

 

萬橘師匠「不動坊」
すごくドキっとしたのが、まくらで「噺家っていう職業は、自分で常にトレーニング(稽古)をしてないといけない。とても特殊な職業。自由といえばとても自由だけど不自由にもなりうる。どうしたら不自由になるかといえば、人をやっかむと途端に不自由になる。だから人をやっかんじゃいけない。それはとても難しいことだけど、やっかみだすととても不自由になる、そんな仕事」。
うわーーー、なんか面白いなぁ。そういうことを考えているのか。なんかもっといろんな話を聞いてみたくなるなぁ。
そんなまくらから「不動坊」。ひぃー。また不動坊だー。私はなんて「不動坊」に当たりやすいんだろう…。
なにせ私はいつも南なん師匠の「不動坊」を聞いているから、誰のを聞いても長いなぁ…無駄が多いなぁと思ってしまう。
特にこの日は仲入りの時点ですでにほぼ2時間。さらに質問コーナーも丁寧にこたえていて時間がかかっていたので、聞いているこちらがちょっと電池切れ。

圓笑・圓馬二人会

12/4(月)、お江戸日本橋亭で行われた「圓笑・圓馬二人会」に行ってきた。

 

・馬ん長「やかん」
・希光「レジスタンス」
・圓馬「付き馬」
~仲入り~
・圓笑「淀五郎」

希光さん「レジスタンス」
どことなく芸協噺っぽい新作だったけど、あとでネットで調べたら希光さん作の新作らしい。
希光さんって新作もやるんだ!
レジに並ぶめんどくさいお客さんたち。
小銭で払おうとするあまり時間がかかりすぎるおばちゃんとやたらとつっかかってくる客が面白かった。


圓馬師匠「付き馬」
調子のいい男がどこまでも調子がよくて、それがおかしい。
圓馬師匠の体の引き方が好きだなー。なにかこう独特のリズムがあってそれが楽しい。落語って音楽っぽい。

燕弥師匠と立て続けに「付き馬」聞いたけど、この噺って案外難しいんだな。連れまわされている間に若い衆のテンションが下がるように、見ている方も少しテンションが下がっちゃう。だけどずっとテンション高いままだと聞いていて疲れちゃうし。

その後の早桶屋のおじさんと若い衆の会話のちぐはぐさがすごく面白かった。


圓笑師匠「淀五郎」
初めて見る師匠。
好きな噺だけに好みじゃなかったらどうしようとちょっとどきどきしたけど、あっさりした語り口が結構好きだった。

仲蔵が「私が見てあげましょう」と言って見てあげるところにじーん…。
ひょいっと向こうを見るしぐさとか、そういう細かいところが丁寧でとても自然で…そういうところからこう噺の中にぐっと引き込まれていくんだなと感じた。よかった。

 

千の扉

 

千の扉 (単行本)

千の扉 (単行本)

 

★★★★

 三十九歳の千歳は、親しいわけでもなかった一俊から「結婚しませんか?」と言われ、広大な都営団地の一室に移り住む。その部屋で四十年以上暮らしてきた一俊の祖父から人捜しを頼まれ、いるかどうかも定かでない人物を追うなかで、出会う人たち、そして、出会うことのなかった人たちの過去と人生が交錯していく…。

物語の断片を繋ぎあわせていく楽しさ。

いくつも並ぶ団地には全く同じ扉が並ぶ。間取りも家賃も同じでもそこにいる人たちは誰一人同じ人はいなくて、それぞれの事情がありそれぞれの人生がある。
淡々と語られるけれど、一人一人の人生は淡々となんかしていなくて、さまざまな感情に囚われて立ち止まることなく進んでいく。

いろいろなことがわかるほどに勝男が愛しくなったなぁ。面白かった!

柳家小はぜ勉強会 ~勉強会ですが負けませんっ!~

12/2(土)、和光大学ポプリホール鶴川で行われた「柳家小はぜ勉強会 ~勉強会ですが負けませんっ!~」に行ってきた。


・小はぜ「浮世床(夢)」
・小はぜ「厄払い」
~仲入り~
・小はぜ「味噌蔵」


小はぜさん「浮世床(夢)」
師匠のところに伺うのでラッシュの小田急線に乗った小はぜさん。
当然座れないんだけど、座っていたとしても立ってる人がぐいぐい膝を押してくるから大変。でも慣れているのか神経が太いのか、そんな目に遭っても全然平気で爆睡している人もいる。中にはきれいなキャリアウーマンみたいな女性が口をぱかーんと開けて熟睡していたり。
男だったら放っておくけどきれいな女性だったりすると「みんなが見てますよ」とどうにかして起こしてやりたい気持ちに。
あれ、上を向くから口があいちゃうんですね、下を向いて寝てれば口があくことはないのに…。

そんなまくらから「浮世床(夢)」。
この間お茶の水で見た時よりもっと伸び伸び自由で楽しそう。
こうやって丁寧に噺を育てていっているんだなぁ…。
それにしても女性にデレデレするところの楽しいことといったら。またそののろけを「うんうん!」「それで?」と身を乗り出して聞く江戸っ子たちの楽しさよ。


小はぜさん「厄払い」
ああ、こういうその季節でないと聞けない噺を聞くことができるというのはほんとに幸せ。
小はぜさんの与太郎さんはにこにこしていてなんかほんとに憎めない。
厄払いちゃんと言わずに逃亡しちゃうなんていうのも、この与太郎さんならしょうがないか、という気持ちになる。
楽しかった。


小はぜさん「味噌蔵」
ネタ卸しに気が重いようなことを仲入り前のまくらでおっしゃっていたけど、なんのなんの。
ネタ卸しとは思えない完成度の高い「味噌蔵」だった。
やってるうちに小はぜさんも楽しくなってきたのかな。番頭さんの「どがちゃか」がほんとに楽しくて見ていてこちらも思わずニコニコ顔に。
さん助師匠とは違って(笑)とてもオーソドックスな「味噌蔵」だったけど、旦那が子どもが生まれたと聞いて弱るのも、そんなに嫌な感じはなく。
旦那が早く帰ってきちゃったのも、風が強くて店が心配で、だったっていうのも小はぜさんのを見て納得。

奉公人のご馳走三昧に怒り狂った旦那が、一晩たって考え直して、これからは毎日のおかずを少し増やしてくれたらいいな、なんて思う帰り道だった。

末廣亭11月下席夜の部

11/30(木)末廣亭11月下席夜の部に行ってきた。

・小天華 マジック
・竜楽「味噌豆(外国語メドレー)」
雷蔵「置き泥」
~仲入り~
・松之丞「違袖の音吉」
・右左喜「金婚旅行」
・圓馬「手水廻し」
・喜楽・喜乃 太神楽
・松鯉「荒川十太夫」


竜楽師匠「味噌豆(外国語メドレー)」
円楽師匠の弟弟子らしい。
全く知らない師匠だったので期待してなかったんだけど、面白かった~!
円楽は落語芸術協会に所属しましたけど私はそうじゃない。でも芸協と兄弟子のおかげでこうして寄席に出していただくことができてうれしい。
でもこうやって一人許すと不法入国が増えてしまうということですね。だからトランプの言ってることもまんざら嘘じゃないですね、に笑う。

海外で落語をされているらしいんだけど、その場合はその国の言葉でやっている、と。
国による言葉の違い(イタリア語はジェスチャーが派手、ドイツ語は堅くてまじめ、中国語は独特の高さ、など)や国民性の違い。
フランスでやった時はウケないウケない。たまにウケて笑っても「はっ」と鼻に抜ける笑いでバカにされてるみたいで余計傷つく。
そんなまくらから「今日は海外からのお客様はいらっしゃいませんね。じゃ日本語で」と「味噌豆」。
テンポがよくて間がよくて気持ちのいい落語だったんだけど「今日はせっかくなんでこの噺を外国語メドレーでお送りします」と6か国語でやったんだけどこれがまたすごく面白い!
頭のいい人だなぁ~。でもそれが全然嫌味じゃなくて楽しい。すごいすごい。円楽師匠が出るより全然面白かったと思う!よかったー。


松之丞さん「違袖の音吉」
今日もものすごい拍手と「待ってました」に迎えられる松之丞さん。すごいなー。
「今日はうちの師匠がトリでじっくりやりますので…私は明るくばかばかしいやつを」と「違袖の音吉」。テッパンですね。
何回か聞いてるけど楽しいなぁ~。この間の「雷電」は正直イマイチ…と思ったけど、これは面白かった。
講談でここまでやっていいのか!というバカバカしさ。でもふざけてるだけじゃなく講談らしいところもあってバランスがいいんだな。
楽しかった。


圓馬師匠「手水廻し」
そしておとといと同様、鬼のように盛り上がった後にしーーーんと冷え切った状態になり、そこに登場の圓馬師匠。きびしい…。どうするんだろうと思っていたら、なんと「手水廻し」!
これ、前に広小路亭で見てひっくり返るほど笑って、また見たいとずっと思っていた噺!
いやもうほんとにバカバカしくて楽しい。
大阪から来た客に「手水を廻してくれ」と言われた女中が「ちょ、ちょうずう?」って変なイントネーションで言って、その後主人のところで「ちょうずぅをまわしてくれとおっしゃってます」と言うと主人も「ちょうずぅ?それはあたしじゃない、調理場に言ってもらわないと」。
そのあとに和尚の所に行って「ちょうずをまわすとは頭の長い人を回すことだ」と図式の手紙をもらってくる…「顔じゃない、ここから下じゃなく上ね。この長さね」と念を押すばかばかしさ…。しかもそういう人を連れてくるし!

圓馬師匠ってすごくきれいな噺家さんで話し方もとてもきれいなのに、それがとことんバカバカしいこの噺をとことんまじめにバカバカしくやるのがおかしくておかしくて。
もう最初から最後まで大笑い。最高だったー。


松鯉先生「荒川十太夫」

荒川十太夫は三両五人扶持という身分の低い侍。それが赤穂浪士の墓参りに行った際に供の者を連れ立派な身なりでいるところをお目付け役の侍に見つかってしまう。
住職から荒川十太夫が「物頭役」と名乗っていることを聞き、身分詐称を見逃すわけにはいかないと殿に報告をすると、
話を聞いた殿は「荒川十太夫といえば、堀部安兵衛介錯人を立派につとめた男。何か訳があるに違いない。私が直接取り調べをする」と言う。

最初は言い訳のしようもないからお裁きをと言っていた十太夫だったが殿に優しく問われて「それならば」と語り始める。
堀部安兵衛介錯する段になって十太夫に名前と身分を尋ねてきたが、自分があまりに低い身分なのでそれでは申し訳ないと思い咄嗟に「物頭役」と嘘をついてしまった。それを聞いた安兵衛は「そんなに身分の高い者が介錯人をしてくださるのか」と喜んで死んでいった。
自分はそんな嘘をついてしまったのがとても申し訳なく、しかしそれを信じて切腹した安兵衛の気持ちを想うと、せめて墓参りの時は「物頭役」になって伺わなければと思い、供の者を雇い貸衣装を着て参っている。
このために内職をして食うや食わずで金をこしらえて咎を受けることも覚悟して嘘を突き通そうとした十太夫に対して、殿は「あっぱれである」と褒めながらも、身分詐称の罪は消えないといって謹慎させる。しかし謹慎があけたのちは十太夫を本物の物頭役に取り立て、ものすごい出世をした。

松鯉先生の語りに威厳と品があるので殿様が本当に殿様らしくて、本当にその場面を見ているよう…。
静かな迫力に満ちていて、最初から最後まで息を殺して聞き入ってしまった。
素晴らしかった!

僕が殺した人と僕を殺した人

 

僕が殺した人と僕を殺した人

僕が殺した人と僕を殺した人

 

 ★★★★★

 選考会で絶賛された?直木賞??受賞作『流』を経て生まれた、圧倒的青春小説! 1984年?、台湾?。13歳だった。 夏休みが終わる?ほんの?2日前、ぼくたちの人生はここから大きく狂いはじめたんだ。 2015年冬、アメリカで連続殺人鬼「サックマン」が逮捕された。デトロイトの荒んだ街並みを見つめながら、「わたし」は、台湾で過ごした少年時代を想い出していく。三十年前、わたしはサックマンを知っていた――。 1984年夏、?台北?で、兄をなくしたばかりのユン、牛肉麺屋のアガンと弟のダーダー、喧嘩っ早くて正義感の強いジェイは友情を育んでいた。四人の少年たちは、ある計画を実行することに決めた……。 サックマンとは誰なのか? その謎をめぐる青春ミステリー。

とても面白かった。

台湾を舞台に家庭に問題がある少年3人が友情を育み心を通わせそして悲劇へと向かっていく。
「わたし」ユンは、6つ年上でガキ大将的な存在であった兄モウが殺され、失意からうつ病になってしまった母と自分に対してどこか上の空の父の3人家族。母の治療のため二人はアメリカへ行ってしまい、残されたユンは幼馴染アガンの家に預けられる。
アガンの家は牛肉麺屋を営んでいてユンは店を手伝うのだが、その優等生面が気に入らないとアガンに辛く当たられている。
牛肉麺屋はアガンの母が切り盛りしており父親アホンは洗い物を手伝う程度。他の女にちょっかい出したりしているのだが、ユンのことを温かく見守ってくれる。

アガンは同級生で不良のジェイに夢中で、アガンに頼まれたジェイはユンのことを徹底的に痛めつけてくるのだが、ジェイ自身も母の再婚した相手からいつもものすごい暴力を振るわれているのだった。

ジェイがユンを「とっちめた」ことがきっかけとなって、3人は仲良くなる。
アガンの弟ダーダーも加わってブレイクダンスの練習をしたり、バッシュを盗んだり…。決して恵まれた環境ではない彼らだけどその中で精いっぱい手足を伸ばしてもがく姿に胸をしめつけられつつ楽しく読んだ前半。

それが冒頭の殺人鬼「サックマン」とどう繋がっていくのかと思っていたのだが、後半になって目線が入れ替わるところとこのタイトルが実に巧妙に効いていて「うぉおお」と思わず声が出た。

少年たちの成長の物語でもありミステリーとしての面白さもたっぷり。
「流」に引き続き素晴らしかった。他の作品も読んでみたい。

さん助燕弥二人會

11/29(水)、お江戸日本橋亭で行われた「さん助燕弥二人會」に行ってきた。


・燕弥「壺算」
・さん助「味噌蔵」
~仲入り~
・さん助「茗荷宿」
・燕弥「付き馬」


さん助師匠「味噌蔵」
まくらなしで「味噌蔵」。
ケチで嫁さんをもらいたがらなかった味噌屋の主人、結婚して1年はおかみさんのところにあったまりに行かず!
でもお嫁さんが子どもができたと告げると、結婚する前はあれほど嫌がっていたのに「そうか。わかった。これからは身体が大事だから無理をしないように」とねぎらいの言葉。お産のために実家に帰すけれど、玉のような男の子が生まれたと聞いて、心の底から嬉しそう。
…おお。なんかさん助師匠のこだわりが伝わってくる。そうなんだよなぁ。子どもができたと聞いて動揺するのはいいけど、がっかりするのはなんか少し引っかかるところだから、これはいいなー。

そしてなんといっても番頭さん。
夢丸師匠が永遠の定吉なら、さん助師匠は永遠の番頭さん(笑)。ぴったりだー。
ケチな主だけど番頭さんがこういう人だから奉公人もまだ続けられてるんじゃないかと思わせる。
奉公人が食べたいものを順番に言うところ。
「あたしはうな丼をおかずにうな重を食べるのが夢だったんです。脂まみれになって死んでも本望です」
…みな極端なものを食べたがり「それで死んだら本望」と言い募るのがおかしい。
酒盛りが始まると変な相撲甚句?みたいのをうなったり、普段酒を飲まないからベロンベロンになっているのが伝わってくる。

楽しかった~。


さん助師匠「茗荷宿」
ドッポで聞いてときとガラッと変わっていてびっくり。
泊まりそびれた江戸っ子二人も、飛脚を殺す夢を見るところもなく、夫婦が飛脚に茗荷を食べさせようと相談するところから。
この間はなかった茗荷のフルコースもたっぷり。

…うおお。やっぱりこうやっていろんな形をためして作っていくんだね、噺を。
その過程を見られるの、楽しいな。


燕弥師匠「付き馬」
若い衆が客の口のうまさに「あ、そうか」と表情を和らげるところがとても自然。
豆腐屋に入って「ごちそうしますよ」と言われて、え?そう?ちょっと悪いね、という表情が絶妙で、それだけに勘定のときに「立て替えといて」と言われて「え??」と驚いて固辞するのが、ですよねぇ…と思う。
この噺、燕弥師匠に合ってるなー。
でもなんか…なんだろう、私は「心眼」が忘れらないんだよなぁ…。もっとああいう噺をやったらいいのに、と燕弥師匠を見るたびに思ってしまうのだなぁ。余計なお世話なんだけど。

 

末廣亭11月下席夜の部

11/28(火)末廣亭11月下席夜の部に行ってきた。

北見伸 マジック
・萬橘「看板の一」
・金太郎「ふぐ鍋」
~仲入り~
・松之丞「雷電初土俵
・柳之助「時そば
・圓馬「弥次郎」
・喜楽・喜乃 太神楽
・松鯉「赤穂義士伝~赤垣源蔵徳利の別れ」


萬橘師匠「看板の一」
わーーー、末廣亭で萬橘師匠が見られるって幸せ!
円楽師匠の代演で本人は申し訳ながってた(申し訳なさそうではなかったが)けど、ぜんぜん!むしろ代演歓迎ラッキー!と言いたい。

大勢のお客さん&異様な盛り上がりに戸惑い気味?長いまくらから眼鏡をはずさず(これも珍しい気が。いつもまくらが終わると眼鏡をはずしてたイメージ)に「看板の一」。
いやぁもうこれがめちゃくちゃ面白かった。親分が二つ持ってるサイコロをうまく操るんだけどそれを見た若い連中が「すげーー。サイコロが二つに見えるよ」「さすが名人だな」と感心。
壺ざるからサイコロが出てしまっているとわかってから、全財産を賭ける奴がいたり、預かっていた町内費を賭けちゃう奴がいたり。
ピンと出ていたのが「看板のサイコロ」と知って、「あーー今年の祭りはなしだー」の声がおかしい。

真似をしようと思った男が次の日別の賭場に出かけて行って「お前ら、また博打か」と言うと「いや博打やってねぇよ。もんじゃ焼いてる」
「え?博打は?」
「だからもんじゃ焼いてるんだって」
「え?もんじゃ?博打は?やらないの?博打?」
「しょうがねぇなぁそんなにやりたいのか。じゃもんじゃもそろそろ飽きてきたから博打やるか」

準備ができてさあやろうとなると親分の真似をして「おめぇら、よるとさわると博打だな」。
「お前がやりたいって言うから始めたんじゃねぇか!」

親分を真似してサイコロを操ってみるとサイコロをやたらとこぼしたり、博打の蘊蓄を語るときにもんじゃの蘊蓄を語ったり。

もうなにもかもがおかしい!なのにそれが全然噺を壊してない。
すごいな、萬橘師匠って。
笑った笑った。最高だった。


松之丞さん「雷電初土俵
出てくるなり「待ってました!」の掛け声がかかりすごい拍手。
この集客は松之丞人気によるものなのか?すごいなー。

でも龍玉師匠との会での高座とは似ても似つかないような高座だったなぁ。なんか本人もやりづらそうな感じ?うわすべりしているように見えたけど気のせいかな。
もう何を言ってもどっかんどっかんウケてむしろこわい。
こういう中で自分を見失わずにいるのって難しそう…。


圓馬師匠「弥次郎」
松之丞さんの高座のどっかんどっかんの後のしーんと冷え切った高座の次の出番ってすごくきつそう。
やりづらそうだったけど、でも面白かったー「弥次郎」。
「おはよう玉」のところで「グッドモーニング」が凍ったり、火事が凍った時「焔(炎?)」の形に凍ったり…嘘のバリエーションが独自に面白い。
楽しかった!


松鯉先生「赤穂義士伝~赤垣源蔵徳利の別れ」
鯉栄先生、貞寿先生では聞いたことがあるけど、松鯉先生では初めて。

暇乞いに来て兄に会うことができず兄の羽織に向かって話しかけながら酒を飲む源蔵。
討ち入りを気取られないようにと今までは酒を飲み兄の所には金の無心に来て、いかにもだらしないように見せかけながらも、その実、主君への忠義と討ち入りへの執念を燃やしていた源蔵の内面が、にじみ出ている。

討ち入りと聞き、前の日の源蔵の本意を推し量りながらも、しかし違うかもしれない…と疑った兄が、討ち入りした中に源蔵がいたと聞いて喜ぶところ。
兄からの使者と聞いた源蔵が誇らしげに…しかしこの後切腹することを心に決めて形見を渡すところ。

講談をそれほどたくさん聞いているわけではないけれど、これが「武士」なのか…と何かこうストンと納得できる感じがした。

松鯉先生、すてきだなぁ…。

 

 

志ん陽の会 27

11/24(土)、養源寺で行われた「志ん陽の会 27」に行ってきた。
寄席で見て大好きになった志ん陽師匠。会に行ってみたいなと思っていたら、こんな場所でこんな会をされていたので、張り切って出かけて行った。
かなり早めに家を出て、駒込でラーメンを食べた後、六義園に行って紅葉をゆっくり見た後、旧古河庭園まで歩いて行きまたそこでも紅葉を見て、その後会場へ移動。
同じ「駒込」と名前がついていたけど、駒込本駒込ってこんなに離れていたのね…。
途中昔ながらの喫茶店に入って一休み…。ぜいぜい。
かなり歩いたので落語の最中に眠くならないか心配だったけど、楽しかったからセーフ!後で万歩計を見たら16000歩歩いてた!

・志ん松「松曳き」
・志ん陽「芋俵」
~仲入り~
・志ん陽「小言幸兵衛」


志ん陽師匠「芋俵」
池袋演芸場で行われる「デブサミット」の話、「西のデブと東のデブが」と何度もデブデブ言うのがおかしい。
それから橘之助師匠の披露興行。やまと師匠が太鼓をたたいているんだけど、代演で志ん陽師匠が叩くことに。
途中で鼓を叩くところがあるんだけどとてもそんなものは一朝一夕では無理なので、かわりに木魚を叩くことなった。
鈴本のお披露目で席亭が「鼓のところは舞台に上がったら」と言いだして、鼓の時に舞台に上がるようになったやまと師匠。
自分は木魚だし舞台には上がらなくてもいいよなと思っていたんだけど、三味線と合わせるタイミングが結構難しく、だったら自分も舞台に上がるかと考え直した。
でもただ出て行ってもまぬけだと思い、たぬきっぽい茶色の着物を着て、鼻を黒く塗って上り、途中から木魚をやめて腹を叩いたら、末廣亭のお客様には大うけ。

…あーーー楽しい。私が鈴本に見に行った時はまだ舞台に上がってなかったなぁ。
もう一度お披露目を見に行きたくなったぞ。

そんなまくらから「芋俵」。ネタ卸しということだったけど、志ん陽師匠にぴったりで楽しい楽しい。

まぬけな弟分と抜けてるけど終始楽しそうなまつ公。
安心してげらげら笑える幸せ。


志ん陽師匠「小言幸兵衛」
この噺ねぇ…面白い?
さすがの志ん陽師匠でも正直この噺自体が面白いと思えないので、むむむ…。
でも結構されるよね、寄席のトリとかで。
どうも苦手だな、この噺は。「馬大家」の方が好きだな、どちらかというと。