りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

シュテファン・ツヴァイク「聖伝」

 

★★★★

その目はあまりにも死んだ兄の目に似ていた。あの時、逆賊のテントで、みずからの手で殺したあの兄の目に……

絶対平和主義を貫き、正しい生き方を求め、
最後には自死を選んだ伝記作家の名手ツヴァイク――
聖書、聖典を材に、時代の「証人」として
第一次大戦中から亡命時代に至る激動の時代に書き残した、
人類永遠の主題「戦争と平和」をめぐる四つの物語。
本邦初訳を含む新編新訳。

 

新年1冊目の読了本がこの本。ツヴァイクは今まで短編を2冊読んでいてどれも好きだったのだが、これは苦戦した。
聖伝というのは聖人伝、広義には「宗教伝説」のジャンルに入るらしい。

 

「永遠の兄の目」
王の命を受け反乱を鎮圧したヴィラータは英雄としてたたえられるが、反乱軍に加わっていた兄をそうとは知らず殺してしまい、罪の意識に苛まれる。
王はヴィラータを讃えて将軍にしようとするがヴィラータはそれを拒み裁判官になる。公正な裁きで人々から賞賛されるヴィラータだが、ある時罪人から投げつけられた言葉で人間が人間を裁くことの罪に気づく。

裁判官を辞め家に戻るヴィラータだが、今度は息子たちが奴隷に威張り散らしている姿を見てその是非をめぐって家族と対立し、家を出て隠遁生活を始めるのだが…。

罪から自由であることを望む主人公が、何をしても何を捨てても人間を超越することはできないこと、人は誰とも関わりを持たずに生きていくことはできないと悟る、という物語。

第一次大戦の時は前線に出て、その後政治的な発言は一切行わず…第二次世界大戦を経て妻とともに自殺したツヴァイク
成功した作家であるツヴァイクがはっきりとした政治的な姿勢を示さなかったということで非難されることもあるようだが、戦争の残酷さと矛盾を目の当たりにしたからこそ、そこから逃れて生きたかったんだろうと思うし共感する。

 

「埋められた燭台」
ヴァンダル人によるローマ侵攻が始まり略奪の中、ユダヤ人の信仰のよりどころである燭台(メノラー)が奪われる。
彼らは悲しみに暮れるが老人たちが立ちあがり、メノラーの移動を見届けるための旅に出る。その時証人として連れ出されたのが7歳の少年ベンヤミン

老人たちはメノラーを取り戻すことははなから諦めていたのだが、ベンヤミンは奴隷から燭台を奪い返そうとして下敷きになり利き腕を失う。

メノラーを最後に目にした人間としてベンヤミンはローマに住むユダヤ人から崇められるが、彼には荷が重い。

80年の月日が経ち老人になったベンヤミンの元にメノラーがビザンツに移動したという知らせが届く。そのビザンツの地でベンヤミンは同胞に請われて皇帝ユスティニアヌスに謁見する。
あと一歩のところでメノラーを取り返し損なうベンヤミンは同胞たちには期待を裏切られたと罵られ絶望するが、彫金師のベン・ヒレルの助けを借りてメノラーを取り戻す。

いつの世でも虐げられ、信仰のよりどころであるメノラーを奪われ続けることを危惧したベンヤミンがとった行動は…。

 

信仰心を持ちながらもあまりに報われない現実に、神はなぜ自分たちにここまでの試練を与えるのかという想いと、そんな気持ちを抱くことは神への冒涜になるという罪悪感。

信仰のことは分からないが、「忘れっぽい民衆の間では、いつだって罪は勝利に洗い流される」「正義は強い者の味方であって、正しき者の味方ではないのだ」という言葉は真実を突いていて痛い。