りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

水村美苗「大使とその妻」

 

★★★★

大使夫妻は、なぜ軽井沢から姿を消したのか。12年ぶり、待望の新作長篇小説。
世界がパンデミックに覆われた2020年、翻訳者のケヴィンは、軽井沢追分の小さな山荘から、人けのない隣家を見やっていた。京都の宮大工の手になるその日本家屋は、親しい隣人だった元外交官夫妻の住まいだった。しかし前年、二人は行方も告げずに姿を消してしまっていた。能を舞い、嫋やかに着物を着こなす、古風で典雅な夫人・貴子。夫妻から聞かされた彼女の数奇な半生を、ケヴィンは、日本語で書き残そうと決意する。失われた「日本」への切ない思慕が溢れる傑作長篇小説。

大好きな水村さんの小説。今まで読んできてがっかりしたことが一度もないのでわくわくしながら読んだ。

軽井沢の小さな山荘に住むアメリカ人のケヴィン。
母国にも家族にも愛されなかったと自認するケヴィンは日本文化に憧れ勉強し、今は東京に住み、軽井沢に小さな山荘も持っている。
隣には京都の宮大工の手になる日本家屋があり、そこには元外交官夫妻が住んでいて、親しく付き合っていたが、彼らは姿を消してしまっている。

ケヴィンは彼らとの出会いから親しくなってから聞いた美しく古風な妻・貴子の半生を日本語で書こうと決心する。


上巻では、ケヴィンがどういう人なのか、家族との間にどんな確執があったのか、なぜそんなにまで日本に惹かれるのかという話と、軽井沢の中心部から離れた小さな山荘を手に入れ、その隣にある住む人のいない別荘の改築が始まりその家に住む謎の多い夫婦に興味を持ち、覗き見をしたり徐々に親しくなっていく話が、並行して語られる。

最初は隣人ができることに煩わしさを感じるケヴィンだったが、趣味のいい日本家屋や庭園がつくられていくにつれ、隣人への興味がわいてきて、親しくなって家に招待されたいと思うようになる。
しかし越してきたのは、妻を外敵から守るように庇う夫と精神に病があると噂される妻。
夫婦のガードが固くてなかなか近づけない。
ある満月の夜に別荘の月見台で能を舞う妻を見たケヴィンは、俄然好奇心をそそられるのだが…。

 

とここまで読んで、いったい自分は何を読まされているのだ?これはいったいどういう話なのだ?という疑問が。
ケヴィンの努力の甲斐があり、ようやく家に招かれるようになり、夫婦と親しくなり、彼らのことを徐々に知るようになるのだが、上巻の最後にようやく明らかになるのが…。

(以下ネタバレ)

 

 

 

 

 

古風で上品な日本人そのものに見える貴子が実はブラジル移民の子どもであったということ。
彼女の両親はいったいどういう人なのか?どういうわけでブラジルに渡ったのか、またどういうふうに育てられて貴子はそのようになったのかという彼女の半生が下巻で語られていく。

貴子の父・健吾は12歳の時に叔父家族と一緒にブラジルに渡ってきた。当時12歳以上の子どもがいる家族にはブラジルへの渡航費が出るという理由で故郷の島根からブラジルに連れて来られた健吾。
当時移民としてブラジルに渡った日本人はこの国でお金を稼いで金持ちになって日本に帰ることを夢見ていたが、待っていたのは過酷な労働。奴隷制度が廃止になり世界一奴隷が多かったブラジルは労働力が足りず、移民を熱心にすすめたのだった。

苦労の絶えなかった健吾だが、ブラジルで生まれた日本人の女性と結婚し、貴子が生まれる。
いつかは日本に帰りたいと夢見る夫婦は貴子に日本語を教え、また日本舞踊を習わせる。

 

貴子はその後、健吾がブラジルに渡るときに親しくなった山根夫婦の元に連れていかれ彼ら(血のつながらない祖父母と呼ばれる)に育てられ、夫婦が亡くなった後は、北條夫人(六条の御息所と呼ばれる)に育てられ、彼女から能の手ほどきを受ける。


貴子の父、山根夫婦、北條夫人のパートがこの小説の中心にあるのだが、父と山根夫婦の物語の部分は本当に面白かった。
知らないこともたくさんあった。
第二次世界大戦が始まり日本がブラジルから見て敵国になったため、ブラジルにいる日本人は工場を焼かれたり財産を凍結されたり収容所に入れられたり…と理不尽な目に遭った。
日本語を禁止されてしまったため、新聞も発行されなくなり、日本の戦況を知ることができず、こっそり聞くラジオだけが情報源。大本営発表を真に受け、日本の勝利を信じようとした移民たちは日本が無条件降伏したという噂も情報操作と思ってしまう。
日本の敗戦を知らせようとする「負け組」と勝利を信じる「勝ち組」は対立し、殺人事件にまで発展してしまう。

貴子の父が貴子を山根夫妻に託すシーンには涙…。
無理やり連れて来られたブラジルで辛い労働を強いられ反日感情をぶつけられ、日本への強烈な思慕を抱いて、貴子だけは誰かに見初められて日本に帰れるように…と願った健吾の親心が胸を打つ。

 

物語は戦後の日本、そして現在の日本やアメリカ(コロナ、アメリカの大統領選)なども描かれて、さらにそれらを外から見るケヴィンの視線もあり、多重構造になっている。
さすがのリーダビリティで面白くて夢中になって読んだのだが、ちょっと散漫に感じる部分もあった。ちょうど読んでいたのがGWの前後で自分も集中して短期間で読めなったというのもあったかもしれない。