りつこの読書と落語メモ

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川本直「ジュリアン・バトラーの真実の生涯」

 

 

 

★★★★★

すべて嘘か、それとも真実か――魔夜峰央さん、齋藤明里さん、東山彰良さん推薦。各メディア絶賛! 壮大なデビュー小説にして第73回読売文学賞受賞作。

【内容紹介】
デビュー小説で第73回読売文学賞(小説賞)を受賞し、各メディア絶賛の超話題作が、宇野亞喜良の装画で待望の文庫化!
作風は優雅にして猥雑、生涯は華麗にしてスキャンダラス。トルーマン・カポーティゴア・ヴィダルノーマン・メイラーと並び称された、アメリカ文学史上に燦然と輝く伝説の小説家ジュリアン・バトラー。その生涯は長きにわたって謎に包まれていた。
しかし、2017年、覆面作家アンソニー・アンダーソンによる回想録『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』が刊行され、遂にその実像が明らかになる――。
第73回読売文学賞(小説賞)、第9回鮭児文学賞、第2回みんなのつぶやき文学賞国内篇第1位受賞。
もうひとつの20世紀アメリカ文学史を大胆不敵に描くあまりにも壮大なデビュー長編小説。

1ページ目に作者自身による「知られざる作家 ー日本語版序文」という文章があったので、ジュリアン・バトラーは実在する作家の話なのかと思ったら、なんと架空の作家なのだった。
ジュリアンと高校の学生寮で同室になって以来の友人(恋人)で、その後彼の作品をエスクァイアに掲載した編集者でもあったジョージ・ジョンが、謎に包まれたジュリアンの生涯を書いたのがこの作品、という作りになっている。

 

堅物のジョージと金持ちで美しく怖いもの知らずのジュリアンは高校で舞台「サロメ」を演じたことで恋愛関係になる。
同性愛や女装が糾弾される時代のアメリカで、ジョージは二人の関係や自分がゲイであることを隠したがり、ジュリアンは全く臆することなく女装して夜な夜なパーティに出かける。

読書家だったジョージはジュリアンの指南を受けて新しい文学やアメリカで発禁になっている本も読むようになり作家を夢見るようになる。
ジョージはコロンビア大学に進学、ジュリアンは父のコネを使って軍隊に入り(前線で戦うのではなく後方にいて観察をするために)そこでニューヨークに住む男娼の小説(「男娼日記」)を書き、ジョージの元へ帰ってくる。

ジュリアンの書いた「男娼日記」は悪文だったが会話は達者で面白く、ジョージは学生時代にジュリアンの作文を直してやった感覚で、構成を変えたり文章を推敲したり結末さえも書き換えてタイトルも「男娼日記」から「二つの愛」に変える。
最初は自分の小説を書き換えられたことに嫌悪感をあらわにしたジュリアンだったが、すぐに「こっちの方が良くなっている」と認め、小説はジュリアン名義で発表することと印税は山分けすることを決める。
こうしてジョージとジュリアンの共犯関係が始まる。

 

奔放なジュリアンに振り回されながらも彼とともに生き、彼の才能に嫉妬したり手助けしたり突き放したり引っ張って行ったり…ジョージの人生はジュリアンとともにあり、ジュリアンにとってもそうだった。
ジョージが振り回されっぱなしだったわけではなく、ジュリアンがジョージに支配されていた一面もあったように思うが、それも込みで二人は切っても切れない関係だった。

読んでいて正直ジュリアンが何をしたいのか、ただの空っぽな男に見える瞬間も多かったけれど、わがままで目立ちたがりでチャーミングな人だったんだろうな。
ジョージの手記だから全てを鵜吞みにはできないなぁという部分は、作者自身が登場するあとがきの章である程度明らかになるところが、気持ちいい。

虚実入り混じっているところ(トルーマン・カポーティゴア・ヴィダルノーマン・メイラーなどの著名な作家が友人として登場したり、オリバーストーンがジュリアンの小説を映画化したり…)が外文好きにはたまらなくて、読んでいてめちゃくちゃワクワクした。

「叶えられた祈り」を書いて小説そのものよりもスキャンダルの方ばかりが取り上げられ意気消沈したトルーマンが酒場で会ったジュリアンに語るシーン。

サン・マルコ広場で二人で写真を撮ったのを憶えてる?あの写真はまだ僕の手元にある」
「覚えてる。二人で鳩に餌をやっているのを撮ってもらった」トルーマンの肥満した顔が歪んだ。
「ねえ、ジュリアン。なんで何もかもが決まりきったように消えてなくなるのかしらね。人生ってなんでこんなに忌々しく、下らないんでしょうね」
ジュリアンは言葉を失った。ハーマンすらリゾットを食べる手を止めた。トルーマンは目に涙を浮かべている。大運河の向こうに落ちていく夕陽がハリーズ・バーを暗い赤に染め上げていた。

小説を書くことと愛する人と生きることについてたっぷり描かれていて満足感が高かった。読んで良かった!