りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

パク・ソルメ「もう死んでいる十二人の女たちと」

 

★★★★

韓国で最も独創的な問題作を書く新鋭作家のベスト版短篇小説集

韓国文学の新しい可能性を担う作家として注目され続ける著者の、10年の軌跡を網羅した日本版オリジナル編集による短篇小説集。本邦初の書籍化。
パク・ソルメは1985年光州生まれの女性作家。福島第一原発事故が起きた際、大きなショックを受けたという。原発事故に触発され、韓国でいち早く創作した作家がパク・ソルメである。光州事件や女性殺人事件などが起きた〈場所〉とそこに流れる〈時間〉と自身との〈距離〉を慎重に推し量りながら、独創的で幻想的な物語を紡ぐ全8篇。全篇にわたり、移動しながら思索し、逡巡を重ねて「本当のこと」を凝視しようとする姿勢が貫かれ、ときおり実感に満ちた言葉が溢れ出る。描かれる若者たちは独特の浮遊感と実在感を放つ。

「未来散歩練習」が好きだったので他の作品も読んでみようと手にした短篇集。


「そのとき俺が何て言ったか」

カラオケボックスを経営する男にとって大事なことは「歌を一生けんめい歌うこと」。
高校生のチュミとサンナンがボックス3に通されて歌いだすが、サンナンは「ジングルベル」を一生けんめい歌ったがチュミはちゃんと歌わなかった。
サンナンが「水を買ってくる」とボックスを出てしばらくすると男がボックスに入ってきて…。

いきなりの侵入者にわけのわからない理由での暴力。
これは「未来散歩練習」とは全然違うぞ!とドキドキ。
しかし解説にもあったけど確かに暴力というのはどんな時でも不可解で唐突なものなのだった。

冒頭で、はしゃぎすぎてるぐらいだったチュミが氷水をぶっかけられたようになるのが痛くてしんどい。

 

「海満」
なにせ1篇目があれだったので2篇目の「海満」も最初から不穏に満ちているように思えてドキドキ。

最近になって潜伏していた殺人犯が逮捕された町、どんよりとした曇天が続く中の湿ったじとつく空気、店から漂ってくる焼き魚の匂い、2か月滞在するつもりで予約しているけど、怖い目に遭うんじゃない?いたたまれなくなるんじゃない?とヒヤヒヤ…。

でもこれはホラーではなく、若者たちの居場所のなさや停滞を描いた作品だった。
子どもの頃から親にお尻を叩かれてがむしゃらに勉強して受験戦争を潜り抜けてきたけれど、結局その先に幸せな未来が待っているわけではなく、何を信じてどう進んだらいいか分からない。

全部を打ち明けるわけではないけれど、少ない言葉数の中から時々のぞかせる切実さが胸に痛かった。

 

「じゃあ、何を歌うんだ」
光州事件をテーマにした作品で、そういえば「未来散歩練習」も光州事件を扱った作品だった。

アメリカで韓国語を学ぶ人たちの集まりで語られる光州事件。英語で聞くとそれは客観性を与えられた物語のようで違和感を感じる「私」。

一方広州の静かなバーでは事件の後歌うことを禁じられた歌をかけろかけるなで諍いが起こる。事件のことを積極的に語れない空気も感じさせる。

事件のことを直接知らない私とヘナが二人で詩を指でなぞりながら読むシーンがあるのだが、自分の身体で感じたい、きちんと受け取りたいという気持ちが伝わってきた。

 

「私たちは毎日午後に」「暗い夜に向かってゆらゆらと」
原発事故後の空気感を克明に描いていて「韓国でも同じようなことがあって同じような空気になったんだ?」と思って読んでいたのだが、解説を読んだら、福島の原発事故にインスパイアされた作品とのこと。

目に見えない放射能に怯え、水は安全なのか、野菜や魚は大丈夫なのか、これからいったい何が起きるのかと不安でいっぱいだったあの時を思い出した。

 

「もう死んでいる十二人の女たちと」
殺された女たちが自分たちを殺してすでに死んでいる犯人を何度も殺すという物語。
怖いという気持ちとともに、ちょっとすっきりした!と思う気持ちもあった。

この短篇集は女性への暴力で始まりその暴力への女性の復讐で終わっているということに解説を読んで気が付いて、ひぇっとなった。

パク・ソルメは、実際に何が起きたかということよりも、その時に見えているもの、聞こえてくる音、匂い、空気を克明に描いていくので、物語が映像として頭に残る。

表題作についても、自分が手帳を持って記録をするつもりで街を彷徨い、看板を見、集められた落ち葉を見、死んだ女が死んだ男を殺しているところを目撃したような…リアルな映像が頭に残るのだった。