りつこの読書と落語メモ

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チョ・ヘジン「ロ・ギワンに会った (韓国文学セレクション)」

 

★★★★★

「彼は希望を育む術と地の果てまで絶望する術を同時に鍛えなければならなかった」

脱北者の青年ロ・ギワンの足跡を辿るなかで、失意と後悔から再生していく人びとの物語。

英語版・ロシア語版も刊行された話題作
映画原作のロングセラー、日本上陸
申東曄文学賞受賞作

「命がけで国境を越え、最愛の人を失い、生きるためだけに見知らぬ国へと流れ着いたここまでの道のり。
それが何の意味もなかったことを受けいれなければならない、氷のように冷たい時間。
彼は、懐かしさだけで故郷を思い出す甘い時間は、自分には今後いっさい訪れないだろうと悟った。」

単身ブリュッセルに流れ着いた20歳の脱北者ロ・ギワン。
希望を見いだせず、自分を否定する日々を送っていた放送作家の「わたし」は、雑誌で出会ったギワンの言葉がきっかけで、彼の足跡を辿る旅に出る。
オンライン配信映画、2024年公開!

「かけがいのない心」も良かったけどもっと良かった。素晴らしかった。

放送作家のキムは脱北者ロ・ギワンについて書かれた記事の一文に心を奪われる。(彼女がどの言葉に心を掴まれたかは後半で明らかになる)

キムが作家を務めるドキュメンタリー番組の中で出会った取材相手のユンジュという名の少女。17歳の高校生だが、稼ぎ柱だった母は家を出て、父親は3年前に他界、妹は行方不明。ユンジュには顔の右半分に腫れ物があった。
番組は感動的なドキュメンタリーを放送し寄付を募り出演者への支援を行っていたこともあり、キムはより視聴率が望めそうな放送日にこの番組を放送するために彼女の手術日を3か月後に延ばしてもらうことにしたのだが、その間に腫瘍が悪性になっていることを医師から告げられる。
キムにしてみれば彼女への同情心からした決断だったが、そのことへの罪悪感に囚われ身動きができなくなる。
恋人でもあり番組のプロデューサーでもあるジェイからも離れ、現状から逃げるようにギワンが非合法に入国したブリュッセルに向かう。

ギワンの記事を書いた記者からギワンをよく知る韓国人・パクという元医師を紹介されたキムはパクが所有するアパートに滞在しながら、ギワンの日記に書かれた場所を訪れ彼の足跡をたどる。

キムがブリュッセルで過ごす日々と並行して、ギワンの日記からキムが再現するギワンの日々も描かれる。

ギワンの送る日々は過酷でお先真っ暗でまさに生きるか死ぬか。
それに比べるとキムの苦悩は小さいものに思える。

しかしこの作品が言いたいのは苦しみの大小ではない。
キムがギワンのことを知る中で、またユンジュが今どんな気持ちでいるのかを考える中で綴る言葉がある。

しかし、いまのわたしにわかることは何もない。他者の苦しみは実体が見えず、察することしかできないため、つねに何かが欠けている。誰かに最も必要とされているとき、わたしは無力で何もわかっておらず、その場にたどり着くのが遅すぎた。彼や彼女の苦しみがどこから始まり、どの地点で高まり、どこへ流れていくのか。そしてどのような経路で自身の人生へと入り込み、彼らのいまという時間を悲惨なまでに支配しているのか。わたしがこれらのことを心から理解できる日は来ないだろう。

誰かのことを助けてあげたいと思った時、少し近づいてその人の絶望に触れて怖くなって逃げだしたことは誰にでもあることなのではないか。
自分には助けられない。自分にできることなどほとんどないのだから下手に触れない方がいい。自分が触れたことでもっと悪い方向に向かってしまうかもしれない。
キムがユンジュに対して抱いている罪悪感はまさにそれだと思う。キムの居たたまれなさがとてもリアルで読んでいて辛くなる。
でもその一方で、ブリュッセルにいた頃のギワンに声をかけてあげる人が一人でもいたら…食べ物を分け与えてあげたりアドバイスしてあげるだけでもどれだけ助けになったかと思うと、ほんの少しでも助けられたらそれでいいのだとも思う。

ギワンが最も恐れていた警察が彼にとって救いになる道に導いてくれたことも皮肉だが、そうして得た難民認定を反故にしてまで大切にしたい人が彼にできたことにも考えさせられる。
安全が確保されることも大切だけど、愛する誰かと生きていくことも大切なことなのだ。

他者の苦しみと自分自身の痛みに目を向け、憐みを持って手を差し伸べること。絶望や無力感から一歩踏み出したところにこの物語はある。

最初と最後に書かれた作者の言葉によってより身近に感じた作品だった。
チョ・ヘジンいいなぁ…。
そして「韓国文学セレクション」、噛み応えのありそうな作品揃い…。コツコツ読んでいこう。