りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

カミーラ・シャムジー「焦げついた影」

 

★★★★

長崎への原爆投下でドイツ人の許婚を失った寛子は、戦後、彼の異母姉を頼って単身インドのデリーに渡る。インド・パキスタン分離独立、ソ連アフガニスタン侵攻、2001年同時多発テロ――激動の現代史に翻弄された日本人女性の生の軌跡を描く圧巻の文芸大作。

タイトルの「焦げついた影」というのは、長崎に原爆を落とされた時、爆心地の一番近くにいた人の肉体は完全に破壊され、死体の脂肪だけが周囲の壁や岩に影のように付着していたことを指している。
主人公の寛子の恋人であるコンラッドはまさにそんな風にして亡くなってしまい、生き延びた寛子の背中にも爆撃の時の酷い火傷の跡が残っている。

長崎の原爆を生き延びた寛子が、戦後コンラッドから聞いていた義姉が住むインドのデリーを訪ね、そこでコンラッドから聞いていたムスリムで義姉夫婦の使用人を務めるサジャッドと出会い、二人は惹かれ合っていく…。

希望を抱いては打ち砕かれ立ち上がっては大切なものを奪われる。戦争という国を挙げての暴力に一人一人の人間はなんて無力なのだろう。
そしてその陰には、人間の疑心暗鬼や悪意、利己主義、差別心などが隠れている。

「国家」という人を人として見ないようなモノに対して反発し嫌悪感を隠さないけれど、どこの国の出身であっても相手のことを理解したい、自分の直感を信じたい、人の善意を見失いたくない。主人公の寛子はまさにそれを体現する人間だ。
勇気があって愛に満ちていて傷ついてボロボロになっても立ち上がる。愛することを恐れない。

喪失と再生の物語、と言いたいところだけど、喪失の物語としか言いようがない。それでも生きている限りは生きていくしかないし、大切な人を守る努力をし続け、失った後は思い出を抱きしめながら生きていくしかない。
彼らの子どもたちの話がとてもリアルで痛い…。

ほんとにしんどい読書だった。