りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

パク・ソルメ「未来散歩練習」

 

★★★★★

新しい世界を信じて夢見た
彼らが練習した未来へ

著者は、社会問題に独創的な想像力で対峙する、韓国で最も注目される新鋭作家である。
光州事件、釜山アメリカ文化院放火事件からの時間を、歩きながら思索し、つながりあう五人の女性たち。今を生きる・過去を理解する・未来を思うことを重層的に描く物語。
スミと幼馴染のジョンスンはホテルで会って話している。東京の大学院に留学し、仕事に追われる自分に不安になるスミ。ジョンスンは東京で結婚し離婚して、育児の悩みや経済的な苦労を抱える。スミはこの日の朝まで、親戚のユンミ姉さんと一緒にいた。ユンミ姉さんのことをしっかり記憶にとどめておきたいとスミは強く思う。
1980年代、釜山に住む中学生のスミの家に、刑務所を出た大学生のユンミ姉さんが突然やってきた。彼女がアメリカ文化院放火事件の実行犯の一人だと教えてくれたのはジョンスンだった。ある日、ユンミ姉さんがバスで光州へ行くと言い、スミが同行することになる……。
ソウルに住む作家の「私」は釜山を訪れた際、不動産を所有しながら一人で暮らす六十代の女性、チェ・ミョンファンと出会い、その生き方に刺激を受ける。そして、ずっと興味を持っていた釜山アメリカ文化院放火事件に、チェ・ミョンファンも遭遇していたと知り……。
釜山アメリカ文化院放火事件に関わる人々は「来たるべき未来を練習した人」とされ、「私」は現地周辺を歩きながら、当時の人々が何を思い、記憶し、来たるべき未来の練習をしていたか、息をするような等身大の感覚で肉薄していく。
「私」は『チボー家の人々』を心の拠り所にし、ジャックの存在を自身の内にあたたかく感じ取る。人々が練習した未来は今日に続き、悩みながら懸命に生きる読者一人一人と強い信頼を結ぶ。

作家志望のスミが釜山をたびたび訪れて、物件を探したり散歩をする中で、チェ・ミョンファンという女性と出会って交流を深める現在と、中学生の時にアメリカ文化院放火事件で逮捕され釈放されたユンミ姉さんが一時的に自分の家に寝泊まりしていた時のこと。その二つの物語が交互に語られる。

中学生のスミは多感で想像力が豊かでジョンスンという親友と放課後はいつも図書館に行って勉強をする日々を送っている。
遠くに行って自分のことを知らない場所で暮らすことを夢見、いやなことがあった時は自分は大きな魚の腹の中で暮らしていると想像してやり過ごすことにしている。

現在のパートでスミがいろんな場所を訪れていること、散歩をしながら食べたり飲んだりすることを大切にしていることが分かって、「スミ、変わってないね」と思いなぜか嬉しくなる。

広州事件という深刻なテーマを扱いながらも、ベースになるのは釜山の街を散歩して食べたり飲んだりしているスミの日常なので、歴史が自分の生きている今と地続きであることを実感できたし理解しやすかった。

人との距離感もいい。

彼がしてくれる話は、一方では彼が隠している話だろうし、彼が嘘をついているわけではないけれど、私たちは皆、自分の話を打ち明けるとき、同時にそれを隠しているのだ。

スミが読んでいる本の登場人物と自分の今との繋がりを実感しているシーンがとても良かった。

ジュネーブのジャックは仲間たち、友人たち、同士たちが話しているときに彼らの後ろでじっと彼らを見ていた。私はそんなジャックを後ろから見ていて、ときどきアントワーヌのことを考えた。

(中略)

私はメンデルの最期を覚えているスポルシェル婦人の手を私の両手でつかみ、そこに額を当てて眠りたかった。そうすれば、その隣にはアントワーヌが座ってみんなの人生を暗示、この先みんながどのように生きていけばいいか教えてくれるだろう。sの世界は何となく、私を愛していた二匹の犬の住む場所から遠くなさそうだ。

 

「未来を練習する」という考え方が温かくて好きだった。あとこんな風に食べたものや飲んだもの、その時の情景や感じたこと、人との会話などのとりとめもないことを積み上げていくなかで、スミという人物が浮かび上がっていく…この小説の進み方がとても好みだった。
この人の作品をもっともっと読みたくなった。

ラストが最初に戻っていくところも気持ち良かった。