りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

帰ってきたヒトラー

帰ってきたヒトラー 上

帰ってきたヒトラー 上

帰ってきたヒトラー 下

帰ってきたヒトラー 下

★★★★★

2011年8月にヒトラーが突然ベルリンで目覚める。彼は自殺したことを覚えていない。まわりの人間は彼のことをヒトラーそっくりの芸人だと思い込み、彼の発言すべてを強烈なブラックジョークだと解釈する。勘違いが勘違いを呼び、彼はテレビのコメディ番組に出演し、人気者になっていく…。

現代によみがえったヒトラーがコメディアンとして売れて、本人と周りの思惑が噛み合っていないのに何故か受け入れられて…という物語。
ナチスヒトラーがタブーとされているドイツでなぜ蘇ったヒトラーが人々に受け入れられたのか。
それはヒトラーが非常に魅力的な人物で、さらに彼の演説が昔のヒトラーの演説そのものであるがゆえに、「手の込んだ風刺」と捉えられたからだ。
圧倒的なディスコミュニケーションのもと、なぜかところどころでわかりあえ心が通じ合ったようになるのが、空恐ろしい。
また人々の心の奥底にある、自分たちが他の民族より優れている、だから多少の犠牲があったとしても自分たちの権利だけは守られるべきという気持ち、そこをヒトラーは実に巧みに利用する。そういう部分を煽るのが非常にうまいのだ。
狡猾なヒトラーはコメディアンとして自分の冠番組を持つようになると、政治家をゲストに招いていよいよ政界へ乗り出そうとするところで物語は終わるのだが、彼が政治の世界に蘇りまた同じような歴史が繰り返されることは間違いないように思える。

悪い冗談のようだが非常にリアル。
右翼的な発言をする芸能人が政治家になったり、毒舌でならしたお笑い芸人の言葉を訓示のように有り難がる、そんな国にこの小説に描かれているヒトラーが現れたら。信念を持っていて(たとえそれがおぞましい信念であっても)演説に長けカリスマ性のある人物が現れて、自分たちの生活を守るために外国人を排除せよと発言すれば、若者が熱狂し選挙で圧勝するのではないか。

民衆は豚であるという言葉が棘のように刺さるが、この小説がドイツ国内でベストセラーになったというところに、ドイツの底力を感じる。
日本では…発禁になるか、この本を置いたら店を爆破するという脅迫が出回るか、そしてしばらくするとマスコミがこぞって作者の粗探しをするのだろう。