りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

あなたを選んでくれるもの

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)

★★★★★

映画の脚本執筆に行き詰まった著者は、フリーペーパーに売買広告を出す人々を訪ね、話を聞いてみることにした。革ジャン。オタマジャクシ。手製のアート作品。見知らぬ人の家族写真。それぞれの「もの」が、ひとりひとりの生活が、訴えかけてきたこととは―。アメリカの片隅で同じ時代を生きる、ひとりひとりの、忘れがたい輝き。胸を打つインタビュー集。

読んだ人たちがことごとく絶賛していたので「みんなそんなにミランダ・ジュライが好きなの?」とちょっと疑いつつ、そしてこの作者なのでなにか仕掛けがあるのか?と警戒しながら読んだのだが、なんとこれがほんとにノンフィクション。

映画の脚本に行き詰ったミランダが、「ペニーセイバー」というフリーペーパーに「売ります」広告を出している人たちに会いに行き、インタビューをする。
そもそもこういうフリーペーパーに「売ります」広告を出す人とはどういう人なのだろうか。
今ならネットでもっと手軽に売ったり買ったりできるのにわざわざこういうフリーペーパーに載せるということは、ネットができない、時間はあるけどお金はない、世の中から取り残された人?
ミランダ自身もほぼ私と同じようなイメージを持ち好奇心とこれが映画の脚本の何かヒントになるのでは?という若干の色気を持って彼らに連絡を取りインタビューの約束を取り付ける。

レザージャケットを出品したのは性転換手術の最中だという60歳の男性。
インドの衣装を出品したのはお金持ちのインド系の中年女性。
ウシガエルのオタマジャクシを出品したのは内向的な男子高校生。 などなど。

彼らのインタビューはほんとのことが一番面白いということを実感させてくれる。
こんなことでもなければ決して取り上げられることのない地味な人たち。だけどそれぞれに事情があり想いがあり孤独があり喜びがあり哀しみがある。
彼らに対するミランダの視線はぎょっとするほど辛辣でちょっと正直すぎるのではとドキドキするほど。簡単に共感したり気持ちに寄り添ったりしない。
でもそれこそが製作者側の視線なのかもしれない。

最後に出会ったジョーがミランダの制作中の脚本を大きく動かすことになるのだが、写真を見ただけで魅了されるし、この出会いがそれまでのインタビューを総括するものであることは読んでいて分かるので、ドキュメンタリーなだけにそれらを見届けられたという感動を受ける。

出会う人には限りがあるし、もう一度会ってみたいと引き返したり、ましてや自分が愛情を注ぐ人はほんの一握り。
その取捨選択は極めて利己的で身勝手なものだが、それをここまで赤裸々に描くことで、作者の信じているものが浮かび上がってくる。センスだけの人じゃないんだなぁ…。この映画も是非見てみたい。