天使エスメラルダ: 9つの物語
- 作者: ドンデリーロ
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2013/05/31
- メディア: 単行本
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九つの短篇から見えてくる現代アメリカ文学の巨匠のまったく新しい作品世界。島から出られないリゾート客。スラム街の少女と修道女。第三次世界大戦に携わる宇宙飛行士。娘たちのテレビ出演を塀の中から見守る囚人。大地震の余震に脅える音楽教師――。様々な現実を生きるアメリカ人たちの姿が、私たちの生の形をも浮き彫りにする。三十年以上にわたるキャリアを一望する、短篇ベスト・セレクション。
デリーロは不得意な作家だ。私はどちらかというと(どちらかと言わなくても)抒情的だったり感情に直接訴えかけてくるような小説が好きなのだ。
デリーロの文章は抒情的ではないし感情的でもなく噛み砕くのにとても時間がかかる。
短編なら多少は読みやすいのではと思ったのだが、これがまた…。読みやすいものもあったけれど、言葉数が少ないだけに理解が進まず何度も行ったり来たり…。とても苦戦したけれど読んで良かった。
どれも違っていてどれもどう転ぶか予測がつかない物語。
でも一貫して流れているのは生きていくことの不確かさと不安感。
「天地創造」
旅先でよくわからない理由で足止めをくらっていつ脱出できるかもわからない。
自分の中の何かがむき出しになりそうな不安とその状況をどこかで喜んでいるような他人事感。
コルタサルの「南部高速道路」という短編を思い出した。
「第三次世界大戦における人間的瞬間」
宇宙船に乗った二人が宇宙から戦争中の地球を眺める。
高度にテクノロジーが発達し、すでに人間的な感情で戦争を悲しんだり楽しんだりする段階は超えてしまっている。
しかしある時偶然に半世紀前のラジオの電波を受信できるようになってしまった。過ぎ去った時代のノスタルジックな音楽や肉声を耳にするうちに、忘れ去っていた人間的な瞬間を取り戻していく二人。
天才的な科学者ヴォルマーが窓際に座って一日中地球を見下ろしながら言うセリフが、言葉足らずであるほどに胸に迫るものがある。この最後の文章が素晴らしくいい…。
「象牙のアクロバット」
ギリシャに移住した男女が襲ってきた大地震と余震を生き抜くという物語。
地震の描写とその後に訪れる政府やメディアに対する不信感、巨大な地震という圧倒的な出来事に対峙した時に感じる無力感は、私たちにはとてもリアルで読んでいてどうにも苦しくて仕方がなくなる。
そういえば地震の直後に「ホワイトノイズ」を読んでどうにも苦しくて投げ出したことを思い出した。
「天使エスメラルダ」
結核、エイズ、射殺、麻薬、虐待で次々に子どもが死んでいく荒廃した地区に、修道女が訪れ話を聞いたり食料を届けたり子どもを保護する。彼女らとて全能ではなく、ほんのわずかな助けにしかならないのだが、しかし絶望の中にある貧しい人たちの中にこそ神聖なものや信じられるものを求める気持ちがあることを、殺された少女エスメラルダの奇跡があらわしている。
不吉で不穏で暴力的なのだがしかしどこか美しく映像が頭に残って離れないような作品だ。
「痩骨の人」
一緒に暮らしていながらもまるで近づけない、わかりあえない孤独感。
誰かと分かり合いたい、つながりたい、その思いは切実で読んでいる私たちにも理解できるものなのに、登場人物がとる行動は明らかに常軌を逸していて、我々はこうもコミュニケーションをとることが困難になってしまったのか?
あとがきが素晴らしく良い。読んでいて「???」となっていたところを補完してくれる。