りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

小説のように

小説のように (新潮クレスト・ブックス)

小説のように (新潮クレスト・ブックス)

★★★★★

子持ちの若い女に夫を奪われた音楽教師。やがて新しい伴侶と恵まれた暮らしを送るようになった彼女の前に、忘れたはずの過去を窺わせる小説が現われる。ひとりの少女が、遠い日の自分を見つめていた―「小説のように」。死の床にある青年をめぐる、妻、継母、マッサージ師の三人の女たちのせめぎあいと、青年のさいごの思いを描く「女たち」。ロシア史上初の女性数学者として、19世紀ヨーロッパを生き抜いた実在の人物をモデルに、苦難のなかでも潰えることのなかったその才能とたおやかな人物像を綴る「あまりに幸せ」など、長篇を凌ぐ読後感をもたらす珠玉の10篇。国際ブッカー賞受賞後第一作。「短篇の女王」70代の集大成。最新作品集。

素晴らしい。短編小説でここまでできるのかと驚く。ちくっと胸が痛むとか奇妙な味わいとかではない、ものすごく大きな物語が短編としてきちっと成立している。

「次元」
ものすごくヘヴィな物語だ。
ショッキングな事件があってすべてを失い人格も変わってしまったドーリー。過酷な現実から目をそらし感情を殺して生きる術を身につけている。
全ての元凶である夫は正気と狂気の間をさまよい、彼女を自分と同じ「次元」へと誘う。
危険を感じながらも惹かれてしまうドーリーは夫に会いにバスに乗るのだが…。

絶望の物語なのだが、蘇生した少年の呼吸音にほんの少しの希望が見える。
生と死は明らかに違うのだ、ということに気づかされる。

「小説のように」
子持ちの若い女に夫を奪われた音楽教師。美しく聡明な彼女はプライドをずたずたにされながらも彼女らしくそれを乗り越える…。
数十年たちパートナーを得た彼女は偶然あの時のことを描いた小説を手にとる。それは夫を奪った女の子どもが書いた小説だった。

そこに描かれていた自分の姿はまるで別人のようでいてしかし間違いなく自分で、見たくなかったもの見ようとしなかったものがそこには確かにある。
傷つきながらも、いや待てよ…いつかはこれも笑い話になるかもしれない、と思い直す主人公の強かさがいい。

「遊離基」
精神的な支柱であった夫を失い呆然とするニータ。癌に冒されているニータはまさか夫の方が先に死ぬとは思ってもいなかったのだ。
もはや死を待つしかないと気力を失っていたニータが、ある事件に直面した時にとった行動は…。

これも第一話と同じく、絶望の淵に立ってもなお生きることを描いている。
希望を失っても先が見えていてもそれでもやはり生きていくことの意味を考えさせられる。

「顔」「子供の遊び」
子どもならではの理屈というのがあってそれは偏狭で残酷だ。
見ないように、思い出さないようにしていたことが、ある時白日のもとにさらされる。なんとも嫌な話だが目が離せない。

「あまりに幸せ」
ロシアの女性数学者ソフィア・コワレフスカヤの物語。
他の物語とは肌触りが違うが、しかし実話をもとにしていてもしっかりマンローらしい小説になっている。