りつこの読書と落語メモ

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少年は残酷な弓を射る

少年は残酷な弓を射る 上

少年は残酷な弓を射る 上

少年は残酷な弓を射る 下

少年は残酷な弓を射る 下

★★★★

16歳の誕生日の3日前、“事件”は起こった。異常なまでに母に執着する息子と、息子を愛せない母。二人が迎える衝撃の結末とは―?100万人が戦慄した傑作エモーショナル・サスペンス。2005年英オレンジ賞受賞作。

少年が凶悪な犯罪を犯した時私たちはその原因を知りたいと思う。
子どもの頃からホラー映画や残虐なシーンを見せていたんじゃない?
親が甘やかしすぎたんじゃない?あるいは親が充分な愛情を与えなかったんじゃない?
そして誰よりも打ちのめされていると知りながらも「きっと母親になんらかの原因があったのだろう」と思う。

なぜかと言えば、自分の子どもはそんなことはしないと思いたいからだ。
自分が正しい親であると胸を張って言える親はそんなにいないと思うけれど、少なくとも自分は子どものことを愛していてその愛はきちんと伝えられているのだから、そう悪いことはしないだろう、そう思いたいのだ。

物語は何か凶悪な「事件」を起こし刑務所に入っているケヴィンの母エヴァが、夫フランクリンに書いた手紙という形式で語られる。
エヴァはフランクリンに宛てて自分の正直な気持ちを赤裸々に綴る。それは時に夫への言い訳でもあり、今では何もかも奪われ自分の声を伝えることができないエヴァの心の叫びでもある。

子どもはいないけれど仕事は充実し夫のことを誰よりも愛し幸せに暮らしていたエヴァはある日ふと思う。子どもが欲しいと。
子どもがいたら見える景色が違うのではないか。人生の新たなページが開くのではないか。
最初は乗り気でなかったフランクリンだが、エヴァが妊娠した途端態度を一変させ、お腹の赤ちゃんに夢中になる。エヴァの身体というよりは、「母体」を危険にさらさないように心を配るフランクリンに違和感を感じるエヴァ
自分の身体であって自分の身体でない。それは今まで好き勝手に生きてきたエヴァにとっては苦痛でしかなく、あんなに欲しがった赤ちゃんのことすら疎ましく感じ始める。

そうしてようやく産んだケヴィンは決して育てやすい赤ちゃんではなく、「産後鬱」と診断されたエヴァはケヴィンのことが最初からかわいいと思えない。
猫っかわいがりするフランクリンへの反発もあるだろうが、それだけとは思えないほど、ケヴィンのことを悪意にとらえてしまい愛情を注ぐことができない。
そんな自分の気持ちを隠しながら、必死に子育てをするエヴァなのだが、ケヴィンはエヴァの思った通り、その邪悪さを明らかにしていく。
エヴァは何度もフランクリンにそのことを伝えようとするのだが、フランクリンはそんなエヴァを酷い母親と罵るのだ。

自分が決して母親失格ではないのだということを証明したくて生んだ二人目の子どもは女の子。ケヴィンとは対照的に育てやすく善意のかたまりのようなシーリアが加わったことで、家族はますますぎくしゃくしてくる。
そしてケヴィンが16歳の誕生日を迎える直前に「事件」は起こる…。

生まれつき邪悪だったのか、親がそう育ててしまったのか。答えは出ない。
育て方を間違ったのだと非難することはたやすいが、ならば何が間違っていたのかどこからやり直せばいいのかと問われても、答えられない。
しかし生まれ落ちたときに母親からこんな目で見られたら自分のことを愛するようにはなれないだろうと思うし、ここまで育てにくかったら「この子は人間として大事なものが欠けた状態で生まれてきたのではないか」と思ってしまうかもしれない。

自分が作ったご飯を食べてくれない。話しかけても聞いてくれない。作ったものをその場で壊される。何をしても喜ばない。
そんな日々が続いたら、我が子であっても「かわいい」と感じることができなくなってしまうのかもしれない。
エヴァがケヴィンに抱く嫌悪感や違和感は、自分も覚えがないわけではないので、読んでいてしんどかった。
子どもと向きあうことは、今まで上手に隠してきた生身の自分と向き合うことでもあり、時には自分でも知りえなかった自分の醜悪さを露呈することもある。

しかし読んでいると、ケヴィンは誰よりもエヴァに愛されたかったのではないかと思うのだ。
事件の真相は最後に明らかにされ、読んでいく中でだいたいの想像はついていたが、やはり言葉を失うほどショックだった。
ここからやり直すことなど出来るのだろうかとも思うが、それでもこの怪物のような我が子と戦う気持ちを持っているエヴァを、最後まで読んでようやく好きになれた。