りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

あらゆる名前

あらゆる名前

あらゆる名前

★★★★

ポルトガル語圏初のノーベル賞作家が、見知らぬ女性の素性を追求する戸籍係の奇妙な行動の中に、人間の尊厳を失った無名の人の復活を描く感動の作品。

この人の書いた「白の闇」が忘れられない。これほど美しくて醜悪な小説は読んだことがなかったし、記憶力ナッシングな私でも印象的な場面がいまだに頭にこびりついて離れない。
翻訳されているものはすべて読みたいと思ってる作家なのだ。

戸籍管理局の補佐官を勤めるジョゼ氏は職場と職場に隣接した自宅をただ往復する日々を送っている。徹底的に管理された職場では自分の考えや裁量などは全て禁じられ、自宅さえも監視の対象になっている。
そんなジョゼ氏の密かな楽しみは、有名人の情報を集めること。新聞、雑誌の切り抜きに、最後は戸籍の写しを加えれば完全なコレクションだ。
もちろん戸籍を持ち出すことは許されていないのだが、戸籍管理局の鍵を持っているジョゼ氏は夜になるとこっそり管理局に入り戸籍を持ち出すのである。そして律儀な彼は戸籍を写したらそれをきちんともとの場所に返すのだ。

そんなある日、彼が持ち出した有名人の戸籍の中にとある無名の女性の戸籍が混じっていたのである。
無名な人の戸籍を持ち出してしまったことに動揺するジョゼ氏なのだが、わけのわからない情熱にかられて、彼女のことを調べだすのである。
いったい彼女はどんな女性なのか。なぜ自分はこんなにも彼女のことを知りたいと思ってしまったのか。
戸籍に書いてある情報をたよりに、彼女の痕跡をたどるジョゼ氏は、今まで経験したことがなかったような冒険をし、仕事を失う危機と精神的な危機にさらされながらも前に進んでいく…。

ジョゼ氏というのもたんなる呼び名で、基本的にこの本に登場する人達には名前はない。
そもそも名前とはなんなのか。無名な人たちの人生はとるに足らないものなのか。生も死も意味のないものなのか。
読んでいるこちら側の存在も危うく感じられるような、なんともいえぬ不穏な感じが、この物語には漂っている。

「白の闇」に比べると観念的で哲学的で読みづらい。
抑揚のない文章で、現実なのか妄想なのか区別しにくいし、会話さえも『』も改行もなく綴られていて、非常にわかりづらい。
しかしなんだろう。究極を書くことで本質をあらわにするという手法が非常に巧みなのだ。
あらゆることを単純化してフィクションの世界観を押し出しつつあえてそこで地声で語る真実がある。 いやぁ、この人はほんとにうまいなぁ…。一筋縄ではいかない面白さがある。そしてわずかではあるけれど救いと希望がある。そこがいい。