りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

あの川のほとりで

あの川のほとりで〈上〉

あの川のほとりで〈上〉

あの川のほとりで〈下〉

あの川のほとりで〈下〉

★★★★★

大好きなアーヴィングの新作。
ニューハンプシャーの川のほとりでイタリアンレストランを営む父ドミニクと2人で暮らす少年ダニエル。
そこは樵たちの住む町でもあり、ダニエルにとってはもう一人の父とも呼ぶべき樵ケッチャムがいて、少年は2人の父に守られて暮らしている。
ある日ダニエルが熊と間違えて父親の愛人をフライパンで殴り殺してしまうことから、ドミニクとダニエルの逃亡生活は始まる。
父親の愛人は狂気の保安官カウボーイの愛人でもあったのだ。

執拗に追ってくるカウボーイの魔の手を危ういところで逃れながら、父と息子は土地から土地へと逃げ続ける。
2人の強い味方である樵のケッチャムは、「名前を変えろ」「イタリアンレストランはもうやめろ」とうるさくアドバイスをしながら、2人が生き延びることだけを祈って、2人にかかわり続ける。

物語の最初から不吉な感じが漂っている。
追ってくるカウボーイは理屈の通じる相手ではなく、見つかった瞬間に殺されることは目に見えていて、それは避けられない運命であることが、呪いのようにつきまとう。
それでも父と息子は、流れ着いた土地で仕事をし恋人に出会い友達を作る。
彼らのことを心から愛し想ってくれる人たちとの絆ができていく。
しかし追ってくるカウボーイがそこに留まることを赦さない。二人の生命を心配するケッチャムも彼らを心配するあまり「早くそこを出て行け!」と命じる。

せっかくレストランがうまくいっているのに、愛する人が見つかったのに、そこを出て行かなければならない。
人生は出会いと別れの連続で、大事な人を得るということはそれを失う恐怖を得ることでもあるということを、読者は嫌というほど見せ付けられる。
だからこそケッチャムは何も持たない人生を選んだのだろう。ドミニク親子への愛が強すぎて彼ら2人だけでもケッチャムには支えきれないほどの重い荷物だったのだろう。

生きている限り、喪失は避けられないこと。
大事にしていたものを暴力によって一瞬のうちに奪われることが少なからずあること。
それは私たちには馴染み深いものだ。
だけど失ってばかりいるわけではなく、同じくらい手にしているものもあって、その手応えは私たちの手に間違いなく残っている。
ダニエルはこれ以上ないぐらい大事なものを失い続けていくのだが、それでもこの物語は悲劇だけに終わらない。
なぜなら作家としてのダニエルが喪失の果てにまだ物語をつむぎ続けようという意欲を捨てないから、そこにはまだ希望があるのだ。

物語をつむぐことは、過去を抱きしめることでもあり、未来を見続けることでもある。
アーヴィングの作家としての信念や人間に向ける圧倒的な愛がここにはある。
圧倒的に悲しいのになんだか少しおかしくて、グロテスクなのにどこか美しい。そしてそれとは書いてないけれど間違いなくここには愛がある。
久しぶりのアーヴィングはやっぱりアーヴィングで、素晴らしかった。