りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

またの名をグレイス

またの名をグレイス 上

またの名をグレイス 上

またの名をグレイス 下

またの名をグレイス 下

★★★★★

アトウッド作のなかで最高傑作といわれる作品.1843年にカナダで実際に起きた殺人事件に題材を求める,入念な資料調査をもとに仕上げられた歴史小説風作品.同国犯罪史上最も悪名高いと言われている女性犯のひとり,16歳の少女グレイス・マークスの物語である.グレイスは”femme fatale魔性の女”か,それとも時代の犠牲者か.単に歴史小説の域に留まらず,性と暴力をはじめとする人間存在の根源に関わる問題をミステリー仕立てで鋭く追及する.

待ちに待ったマーガレット・アトウッドの新作。ようやく読んだ。

主人公のグレイス・マークスは実在の人物。
裕福な地主トマス・キニアとその女中頭で情婦であったナンシー・モンゴメリーが、この家の女中グレイスと使用人のジェイムズ・マクダーモットによって惨殺され、事件後2人は合衆国に逃亡するがすぐに捕まる。裁判の結果2人は死刑を宣告されるが、グレイスの弁護士や社会的に地位の高い男たちの嘆願によってグレイスは終身刑に減刑され、ジェイムズは絞首刑に処される。
この物語は、グレイスが精神科医サイモン・ジョーダンに自分の過去を語る語りの形式で進められる。

史実を題材にしているということでどうしても制約が多くなるような気がするのだが、この物語を読んでいて、そういう窮屈さは感じない。むしろ、グレイスが実在の人物であるということが、読んでいてぞくぞくするような臨場感とリアルさを与えてくれている。

グレイスがこの殺人に加担していたのか。殺意はあったのか。トマスに対してどういう想いを抱いていたのか。世間で言われていたようにジェイムズの情婦で彼を操っていたのか。グレイスは精神的な病をわずらっていたのか。
精神科医サイモンはできるだけフラットな状態でグレイスの話を聞こうと試みる。真実はどこにあるのかを見極めようとするのだが、グレイスの魅力と語られる物語に圧倒され、自分自身も精神の均衡を崩していく。

ミステリーを読んでいるような感覚でぐいぐいと物語に引き込まれ、真実に近づいたと思っているとはぐらかされ、グレイスという女性について理解できたつもりになっていると突き放され、ちりばめられた言葉が謎を解く鍵のようでもあり罠のようでもあり…。
物語に翻弄されるヨロコビに浸った1週間だったな。
「侍女の物語」とも「寝盗る女」とも「昏き目の暗殺者」ともまた全然違った色合いの小説だったが、これもまた私にとって大切な小説になった。やっぱりすごいよ、マーガレット・アトウッドは。ものすごい作家だよ。私は一生付いて行くよ、この人に。ブラボー。

以下ネタバレ。









アトウッドは語っている。「真実とは時として、知ることができないもの」。
この物語では、最後まで真実は明らかにならない。
グレイスが一人称で語っている部分もかなりあるのだが、そこでも真実は明かされない。
その時の記憶が残っていないのか、別の人格に支配されていたのか、事実から目をそらしたくて無意識のうちに記憶を失ってしまったのか、真実を隠すために嘘をついていたのか。それは最後までわからない。

グレイス自身、自分はいったい何者なのかわかっているのかどうなのか、それすら曖昧なのだ。
しかし自分のことが全てわかっている人間なんかいるのだろうか。
だからこのタイトル「またの名をグレイス」になるのだな。最後まで読んでこのタイトルの意味がわかって、ぞくぞくっとした。