りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

ささやかだけど忘れられないいくつかのこと

ささやかだけど忘れられないいくつかのこと

ささやかだけど忘れられないいくつかのこと

★★★★★

ソフィー・アップルバウムが探しつづけたのは、誰の人生にも訪れる、ささやかな魔法の瞬間。彼女が経験した出会いと別れ…。試行錯誤を続けながら成長していくソフィーの姿を、励ましと優しさに満ちた視点で描いた連作短編集。

以前読んだ「娘たちのための狩りと釣りの手引き」がとても好きだったので(そのわりに内容を全く覚えてないんだけど…)、同じ作者の久しぶりの新刊ということで読んだみた。
「娘たちのための狩りと釣りの手引き」もそうだったけど、ものすごく私の好みのタイトルと表紙。同じ人が装丁しているのかな。すごく素敵だ。

ソフィー・アップルバウムというどこにでもいそうな迷える女性の半生(12歳〜35歳)のささやかだけど彼女にとっては大切な瞬間を切り取って描いた連作短編集。
雰囲気は「ブルーミング」に近いかな。だけどあちらは作者自身の回想録だったけれど、こちらはあくまでもフィクション。
あとがきに作者の言葉として「物語が現実よりリアルに感じられるときが、いちばん書いていて楽しい」とあるので、この物語も「きっとこれは作者自身の体験なんだろうな」と思わせて、実はそうではないのだろう、きっと。

12歳の時の初めて両親に反旗を翻したとも言うべき小さな出来事を描いた「世界のボスはだれ?」。
親を裏切っている、正しいことをしていないのではないかという罪悪感と、やっぱり自分はまだまだ何もわかっていないんじゃないかという無力感と、もしかすると私はこの先自分の好きなようにやれるのではないかという期待感。
ソフィーの体験とは違うけれど、自分にも同じような経験はあって、そのほろ苦さや、瀬戸際に立っているようなドキドキ感は、今でもよく覚えている。きっとこれを読んだ人は誰しも同じような気持ちを思い出すのではないだろうか。

大学で友達になった絶世の美女ヴェニスとの関係を描いた「たったひとつの完璧なもの」。
これも、ものすごくよくわかる。
自分とは世界が違うと思うような人とものすごく親密になって、また離れて行く。そういう出会いと別れって学生時代にしかないものだったかもしれない。自分でも忘れていた「この感じ」を、ここまでよみがえらせてくれたことにびっくりする。

「二十世紀のタイプ術」も面白い。兄弟の家を転々としながら職を探すソフィー。 自分はこの先どういう風になっていくのか、どうなっていきたいのか、それが見つけられない不安とふわふわした気持ち。それだけじゃなく、兄弟とのやりとりやそのガールフレンドとの関係がなんとも楽しくて、ソフィーのことも、弟ロバートも兄ジャックのことも大好きになる。
もうここまで読むと、ソフィーもロバートもジャックも他人とは思えない。

そのほかにも、幼馴染とのちょっとゆがんだ友情、ぱっと燃え上がりしゅるるると消えていくロマンス、親の死とロマンス等、どれも生き生きとユーモラスに丹念に描かれていて、しみじみと面白い。
こういうささやかで取るに足りないような出来事を積み重ねて今の自分があるんだよなぁと気付き、自分のまわりの人たちもきっと同じなんだろうと思うと、そういうフツウの人たち(自分も含めて)が愛しくなるような小説だ。
メリッサ・バンク、好きだ〜。