りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

夏の涯ての島

夏の涯ての島 (プラチナ・ファンタジイ)

夏の涯ての島 (プラチナ・ファンタジイ)

★★★★★

帯には「叙情SF」と書いてあったが、そんなジャンルがあるんだ?初耳。
でもこれがそういうジャンルなのであれば私はかなり好きかもしれない、叙情SF。この小説の世界、ものすごく好きだ。今年は短編は少し読み控えようと思っていたんだけれど、これを読んでやっぱり短編っていうのはこれまた素晴らしいなぁとしみじみ思い、そんなもったいないことをするのはよそう!と考え直すほどであったよ。

1話目の「帰還」でいきなりハートを鷲づかみにされた。
ブラックホールから宇宙飛行士が帰ってくる。ものすごい偉業を成し遂げたわりに(?)たいして歓迎される風でもなく、かと言って蔑まれるわけでもない。それなりに敬意を払われた扱いを受けて、車で家に帰る。彼自身何か記憶があいまいなような前にも同じことがあったような感じではあるのだけれど、どうにか家にたどりつき、そこには「いつものように」妻がいて彼を出迎える。しかし実はこれは彼がもう何回となく繰り返してきた行為なのだ。それはいったいどういうことなのかと言うと…。
この真相が分かった時、思わずうぉおーーと声が出てしまった。すごい…すごい小説だ、これ…。

私自身が宇宙に旅立ったことも帰還したこともないけれど、「こういう感じ」はなんだかものすごく理解できる。この男が感じる違和感、気持ち悪さ、居心地の悪さは、誰にでもなじみのあるものなのではないか。突拍子もないような設定なんだけれど、そこで語られる心の動きは理解できるし共感できる。あーーこういう小説に弱いんだ、私(好きという意味で)。

「わが家のサッカーボール」は、人々が変身能力を持つ世界で、ある日「ぼく」のお母さんはナマケモノに変身したまま元に戻らなくなってしまった。どうやらそれは物置におきっぱなしになっていたサッカーボールをぼくが掘り出してきたことがきっかけになったらしい…。
これも好きだー。ちょっと違うけど前に読んで大好きだった「空中スキップ」を思い出したな。自分の娘の危機に突然「犬」であることをやめるおじいちゃんがなんかいい味出してるなぁ…。危機が去ったらとっととまた犬に戻るあたり、ユーモラスで笑える。

「帰還」も「わが家のサッカーボール」も、異様で異質でグロテスクな世界を描きながらも、そこには普遍的な人間の悲しみや感情のゆれが描かれている。設定が異常なだけにその悲しみがよりリアルに感じられる。感情描写の細かさが「叙情」と言われるゆえんなのだろうか。

第二次世界大戦中の空軍基地で「チョップガール」(人殺し女)として恐れられている女が、幸運の生ける化身であるパイロットと出会う「チョップガール」。これもものすごくいい。チョップガールよりラッキーマンのほうが気味が悪いというのがなんとも…。

そしてなんといっても表題作「夏の涯ての島」がいい。

ときは1940年、ヨーロッパ。さきの世界大戦ではドイツが勝利し、フランスはドイツと平和協調路線をとった。これに対し、ファシズムと軍事拡張路線を推進するイギリスは、国際社会で孤立していた。国内では、好戦的なムードと力のある指導者への崇拝の気運が満ちている一方、政府の政策によってユダヤ人や同性愛者は屈辱的な差別を受けていた。病に冒された老境の歴史学者グリフは、この国のカリスマ的指導者ジョン・アーサーの旧知として恩恵に与っていたが、こうした現状に疑問を抱いてもいた。なぜなら、全体主義で牽引力を発揮するジョン・アーサーこそ、かつて若く輝ける日々に彼が愛した男であったからだ――架空の時代を背景に、繰り返される歴史上の愚行と個人の無力を鮮やかに見せる表題作(世界幻想文学大賞・サイドワイズ賞受賞)

教師をしている初老の男グリフが過去を振り返る。
1940年のイギリスが舞台だが、歴史が改変されていて、ここでは大戦でドイツに敗れたイギリスはファシズム政権をとっている。この政権を指揮しているのが、カリスマ的な指導者ジョン・アーサー。ユダヤ人やゲイといったマイノリティーを弾圧し民衆にも人気が高いジョンだが、実はジョンは主人公グリフと深い関係があった。この男と主人公 の関係が中盤明らかになるのだが…。

プリーストの「双生児」を思わせるようなドラマティックな物語だ。これはもっともっと話を膨らませて長編にしてもいいんじゃないかなぁ。静かな語り口なんだけれど迫力があってでも大げさじゃなくて…ものすごい好みだ。
もっと他の作品も翻訳されますように!