りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

笑いごとじゃない−世にも明るい闘病記−笑いごとじゃない―世にも明るい闘病記作者: ジョセフヘラー,スピードヴォーゲル,中野恵津子出版社/メーカー: ティビーエス・ブリタニカ発売日: 1987/03メディア: 単行本 クリック: 15回この商品を含むブログ (1件) を見る

★★★★

「キャッチ22」を借りるつもりで著者名で図書館の蔵書検索をして、題名に惹かれて思わずこちらを借りてしまっていた。これはジョセフ・ヘラーがギランバレー症候群という難病にかかって集中治療室に入り退院するまでを書いたノンフィクションだ。そしてこの本を一緒に書いているスピード・ヴォーゲルこそが、彼の闘病生活を支えた親友なのである。

ある日、突然、『キャッチ22』のベストセラー作家を奇病が襲った!看護する人(S.ヴォーゲル)、される人(J.ヘラー)、そのまた回りの愉快な仲間(ダスティン・ホフマンポール・サイモンマリオ・プーゾら)によって繰り広げられる型破りな闘病記。

ギランバレー症候群という病名をこの本を読んで初めて知ったのだが、原因が解明されていない難病なのだそうだ。多くの場合、麻痺は足から始まり、それが上に進んでいく。ヘラーの場合はまずセーターが脱げなくなった。自分の意志に肩の筋肉が反応しなかったのだ。それから食べ物が飲み込めなくなる。飲み物が金属の味になる。疲れたとか痛めたとかではなく、自分の神経と筋肉が切断されたような状態に気付き、かかりつけの医師を訪ねたヘラーはこの病名を告げられるのである。
もともと元気で健康に自信のあったヘラー。しかし徐々に麻痺は全身に及び、立ち上がることはおろか、食べ物を口からとることもできなくなる。ひどい場合は呼吸もできなくなるケースがあり、その場合は気管を切断することもあるのだ。ヘラーの場合は気管を切断せずに済んだのだが、生死をさまよう状態で集中治療室を出ることができない日々が何日も続いた。

彼は妻とは離婚を前提に別居中だった。そんな彼を支えたのは友達だった。すでに作家として地位を築いていた彼には作家や俳優の友人がたくさんいた。そしてスピードがいた。幅広いジャンルで活躍する芸術家?のスピードは仕事がたいして忙しくないことと、家事全般が得意だったこともあって、彼のアパートメントに住み雑事を全て引き受けるのである。そして彼の病室はまるで社交場のように有名人が集まってにぎやかなのである。
これもヘラーの人柄…と思いきや、ヘラーというのが常日頃から口が悪くて悪態ばかりつくような辛辣な男なのだ。しかしヘラーの持ち前の明るさ、前向きさは間違いなくまわりの人たちを惹きつけて、だからこそこれは「世にも明るい闘病記」になっているのだ。

眠ったらもう二度と目を覚ますことはないんじゃないかという恐怖。自分で本のページさえめくれないことへの苛立ち。見舞いに来た友人が自分のあまりの衰えぶりに狼狽する姿を見たときの屈辱感。絶望に負けそうになりながらも、それを笑い飛ばし、助けてくれる友達に悪態をつくヘラーはとても魅力的だ。

要するに姿勢の問題なのだ、と私は賢明な結論にたどりついた。私はまだマシなほうなのだ、と。こうした前向きの考え方が頼りにならないのは、そう考えたからといって何事も変わらないことだった。

この一文でヘラーの人となりがすごくよく伝わってくる。前向きなシニカル。ああ、なんかいいなぁ…。
一方スピードのほうは、家族でもないのに(ホモだちでもない)献身的に尽くす「聖人」のように扱われるのが嫌だったのか、あるいはそういう人柄なのか、常にのほほんとしてのんきに構えている。自分のアパートよりずっと居心地のいいヘラーのアパートに住み、ヘラーの小切手にサインし、「自分には有名作家の影武者という役割が合ってるようだ」などとうそぶいている。彼の文章を読んで「これではあなたはたかりやと思われてしまうわよ」と心配して電話してきた友人がいたようだが、確かにそういう風にも見える。
いやでもこのスピードの人柄がすごく救いになっているのだ。

物書きの道に入るのは簡単だ。(中略)必要なのは、すでに名前が売れていて、致命的ではない珍しい病気に倒れ、有名新聞の管理職クラスの編集者を友だちに持っている作家の友人1人だけだ。

こんなことを言ってのけるスピードだからこそ、ヘラーも罪悪感や劣等感を感じることなく、スピードに頼ることができたのだろう。

小説ではなくノンフィクションだからこその読みにくさも確かにあった。あまりにも主観的すぎるのだ。
こんな過酷な病気にかかったらどうしたって誰かをものすごく信じたくなったり誰かを恨みたくなったりするのかもしれない。いや、そうではなく、こういう危機状況になった時だからこそ、まわりにいる人の反応が白黒はっきりわかれてしまうのかもしれない。
あまりに主観的すぎて、ちょっと眉をしかめたくなるようなところもあるにはあったけれど、でもいいものを読んだなぁと思った。そしてきっとヘラーの小説はすごいんだろうなとも思った。「キャッチ22」も読まなければ!

ヘラーはこの後どうなったのかなと調べたら、この本を出版してまもなく心臓発作で亡くなっていて、ショックだった…。