りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

マジック・フォー・ビギナーズ

★★★★★

スペシャリストの帽子」が大好きだったので、期待いっぱいで読んだこの作品。全く期待を裏切らない面白さだった。
おかしな小説を書く作家はたくさんいるけれど、ケリー・リンクのように読んでいて目がぐるぐる回ってきて現実と虚構がぐちゃぐちゃになるような感覚を与える作家はなかなかいないと思う。あまりにもぐるぐるすぎて何が何だかわからない作品もあったけれど、うわーーこれはたまらん!と快哉をあげたくなる作品もたくさんあった。

アメリカ東海岸に住むジェレミー・マーズは、巨大蜘蛛もの専門の人気ホラー作家を父に持つ15歳の少年。毎回キャストが変わり放送局も変わる、予測不可能で神出鬼没のテレビ番組「図書館」の大ファンだ。大おばからラスベガスのウェディングチャペルと電話ボックスを相続した母親とジェレミーは、そこに向けての大陸横断旅行を計画している。自分の電話ボックスに誰も出るはずのない電話を何度もかけていたジェレミーは、ある晩、耳慣れた声を聞く。「図書館」の主要キャラのフォックスだった。番組内で絶体絶命の窮地に立たされている彼女は、ある3冊の本を盗んで届けてほしいというのだ。フォックスは画面中の人物のはず。いったい、どうやって? ジェレミーはフォックスを救うため、自分の電話ボックスを探す旅に出る……。爽やかな詩情を残す異色の青春小説である表題作(ネビュラ賞他受賞)。
国一つが、まるごとしまい込まれているハンドバッグを持っている祖母と、そのバッグのなかに消えてしまった幼なじみを探す少女を描いたファンタジイ「妖精のハンドバッグ」(ヒューゴー賞他受賞)。なにかに取り憑かれた家を買ってしまった一家の騒動を描く、家族小説の傑作「石の動物」。
ファンタジイ、ゴースト・ストーリー、青春小説、おとぎ話、主流文学など、さまざまなジャンルの小説9篇を、独特の瑞々しい感性で綴り、かつて誰も訪れたことのない場所へと誘う、異色短篇のショウケース。

1作目の「妖精のハンドバッグ」。これがとびきりいい。最初から最後まで一字一句全ていい!くーーーたまらん、これ。
「ザ・ホルトラク」も面白かった。ゾンビがぞろぞろ買い物に来るコンビニ。近くには「聞こ身ゆる深淵」があり、動物シェルターに勤める魅力的な女が時々立ち寄るコンビニ。ありえないけど何故かくっきりその姿が想像できる。
表題作もいい。そうか、それがこの表紙なのだな。これ映画にしても面白そう。そうそう、この本、挿絵がこれまたとっても素敵なのだ。

嘘つきなのか本物の魔女なのかよくわからないおばあちゃん。崩壊寸前の家庭とカルトでリアルなテレビ番組。郊外の家が悪いのか都会の仕事が悪いのかわからないけれど、憑かれて壊れていく夫婦。
「ほら話なんだよね」と思いながら読んでいて、あれ?でもこれってほんとにあったこと?これぐらいのことならあるかも?いやあるわけないか。いやでもそんなことが自分にもなかったっけ?そもそもどこまでが現実といえるんだ?読んでいるとだんだん頭がごちゃごちゃになってくる。

ケリー・リンクの小説の面白さは、現実と幻想の境目をぴょんっと当たり前のように飛び越えるところにあると思う。ものすごく現実的な出来事が切実に描かれている中で、ひょいっとおかしなことが起こる。最初からものすごくおかしなことが書かれているんだけど、そこで描かれる悩みや葛藤はとてもよくわかるものだから、ありえないシチュエーションなのになぜか妙にリアルに感じられる。「不可解だけど切実」と、解説で柴田元幸氏が書いているけれど、まさにそうだ。だから変な話だけど、突き放された感じがなくて、妙にひしひしと胸に迫るものがあるのだ。

頭の中をぐるぐるにされる気持ちよさと気持ち悪さをいっぺんで味わえる。最高。