りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

千年の祈り

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

★★★★

離婚した娘を案じて中国からやってきた父。その父をうとましく思い、心を開かない娘。一方で父は、公園で知りあったイラン人の老婦人と言葉も通じないまま心を通わせている。父と娘の深い縁と語られない秘密、人生の黄昏にある男女の濁りのない情愛を描いた表題作ほか全十篇。北京生まれの新人による全米注目の傑作短篇集。

著者のイーユン・リーは北京生まれの北京育ちだが、大学卒業後に渡米し英語で本書を記しアメリカで出版された。中国を離れアメリカという自由の(?)国に移住することで、母国の独特で異質な文化や歴史を冷めた目で外側から見ることができるようになったということなのだろうか。ちょっと視線が冷めすぎているような気もするけれど、とても秀逸な短編集だった。それにしても72年生まれだって。すごいなぁ…。

「あまりもの」は社会からつまはじきにされ続けてきた林ばあさんが、小学生の男の子にほのかな恋をする物語。「心あたたまる」ではなく、ちょっとひやっとする異常さと、それまでの彼女の報われない人生が静かに浮かび上がってくるところに、ちょっと凄みを感じる。凄みといえば、その次の「黄昏」(親族の反対を押し切って従兄弟同士で結婚した夫婦に脳性麻痺の娘が産まれ、夫婦はその娘の存在を隠して暮らしつづけ、10年後に結婚を「正常」にするために「正常」な子どもを産むのだが、それがきっかけとなって夫婦がどんどんだめになっていき…)も、「市場の約束」(恋人と親友に裏切られて以来独身を守り続けてきた女教師が、市場で男に出会って…)のラストシーンも、どれもぞくっとするような凄みと残酷性がある。

文化大革命に翻弄される人々を描いた「死を正しく語るには」は、悲惨な話なのだがなんともいえずユーモラスで、ああ、この悲劇を笑ってしまえるおおらかさがこの国の人々の強さなのかもしれないなぁと感じさせてくれる。この作品、好きだ。
表題作の「千年の祈り」もいい。重大な秘密を抱えて家族をだまし続けた(つもりでいた)父が、それでも誇りと希望を持って生きていて、異国の地でイラン人の婦人と心を通わせることができたのに、娘とは全く心を通わせることができないまま帰っていく…。

全編通して、何よりも強烈なのは中国という国そのものだと感じる。中国の小説を読んだ時いつも「ほんとにこれが実際にあったことなの?」「なんでそんなことが?」と驚いてしまう。暴力、因習、差別、貧困、不条理…そんな中で政治に翻弄されながらも、人々はたくましく生きていて、恋をしたり傷つけあったり親の世代との確執があったり、一人ひとりは孤独だったり、心が触れ合う奇跡のような瞬間があったり…。ここに収められた10編の短編は、国の強烈さにスポットが当たってる作品や個人の問題にスポットが当たってる作品さまざまだが、バランスがとてもいい(良すぎるところがある意味欠点?)ので、とても読みやすい。これが長編になるとどうなるのか見てみたい。