りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

短篇集ダブル サイドA

 

短篇集ダブル サイドA (単行本)

短篇集ダブル サイドA (単行本)

 

 ★★★★★

帰郷した「僕」がタイムカプセルを掘り起こし…「近所」。老年の夫婦を描いた抒情的な「黄色い河に一そうの舟」。騒音の抗議に来た上階の男と迎える「最後までこれかよ?」。前世はマリリン・モンローだった「僕」と宇宙人の「“自伝小説”サッカーも得意です」。驚嘆の作品集。

面白かったーーー。好き好きパク・ミンギュ。
リアルな物語とぶっとんだSFの振り幅が大きいけれど、どちらもハートをぎゅっと鷲掴みしてくるようなシーンや描写があって、ぐっとくる。LPレコード時代へのオマージュというだけのことはあって、テンポの良さと独特のリズムがグルーヴ感を出していて、読んでいて気持ちいい。

「近所」
両親を亡くし叔父夫婦に育てられた青年。大学に進み一流企業に勤めていたが病を得、命の期限を告げられている。
故郷では同級生たちが歓迎してくれるがこの町から大学に行ったのは彼一人。
彼が突然戻ってきたことに戸惑いながらも何回か集まる間に、離婚してシングルマザーの女性と親密になるが…。

彼が彼女からの電話を切ってからの気持ちの変化が、ほんの数行なんだけど、一瞬霧が晴れるような…視界が開けるような…独特の余韻があって、鳥肌ぞわぞわ。
ポップだけどとても繊細。ぐっとくる。

「黄色い河に一そうの舟」
長年仕事仕事で家庭を顧みなかった夫が妻が認知症になり罪滅ぼしの気持ちで介護をしている。
子どもが二人いるが彼らとて自分たちの暮らしに精いっぱい。金銭的な援助を期待され微妙な距離感がある。
仕事にかまけてきたと言っても仕事の方も決して安穏と過ごせていたわけではなく、どうにか危険を回避しつつ生き延びた、という感。出世の船に乗りそびれた昔の先輩から怪しげな健康食品を勧められ、それを断ることもできない。
かわいがっているほうの娘から金の無心をされ彼が起こした行動は…。

これももうとても身につまされるし絶望しか感じないんだけれど、認知症になった妻の思いもかけない反応に深刻な中でちょっと笑ってしまうようなユーモアがあって、思わずにやりとしてしまう。
ここに流れる曲は知らないけれど、なんとなくメロディが浮かんでくる。


「グッバイ・ツェッペリン
飛行船って絵になるし物語を呼ぶ何かがあるように思う。
ちょっと異様でユーモラスでバカバカしくてでもなんか空しくなるようなあの姿。
大型スーパーの仮面ライダーショーで始まるのがすごい既視感でもうそのシチュエーションだけで「これは私の知ってる世界」と感じさせる。
起死回生をねらった飛行船作戦。
制御不能の飛行船を主人公と「先輩」が追いかけていくのだが、その小さな旅の中で「先輩」の印象が変わっていく面白さ。
ちゃんと向き合ってこそわかる姿がある。人間って簡単じゃない。

「深」
世紀2387年、深さ1万9251メートルの海溝が生まれ「ユータラス」と命名される。ユータラスの底に到達できる人間「ディーバー」たちが、それぞれの事情や想いを抱えながら深く深く沈んでいく…。その先にあるものは…。

これまでの3作とまるっきりテイストが違うので戸惑う。ドSF?!ああ、でもそうだ、パク・ミンギュの「ピンポン」も最後とんでもない展開になっていったじゃないか。SFもこの作家の得意分野なのだ。
最初の3曲がメロウでずっしりした曲調で油断していたら、4曲目にいきなり全く違う…弾けた曲が入ってきた、みたいな感じだ。


「最後までこれかよ?」
地球最後の日。アパートの上階に住んでいる男が騒音の苦情を言いに部屋を訪ねてくる。
二人は男がコレクションしている酒を飲みながら最後の時を待つ…。

主人公の真の姿が徐々に明らかになっていくところはホラーのようで、しかしこれが地球最後の日なのだとしたらもうどうでもいいことなのか?と思いつつも、でもこれでほんとに最後にならなかったら?という不安も残る。

 

「羊を創ったあの方が、君を創ったその方か?」
このわけのわからない世界。そうなった理由も今の状況も何もわからないまま望楼で閉じ込められている(かどうかも実際はわからない)、「ゴ」と「ド」。
この世界のルールを少しでも知ろうとするがよくわからない。でも逃げようとするとサイレンが鳴って何かよくわからない物たちが集まってきて攻撃(?)してくるので銃で応戦しなければならない。
そのうち「ド」の方が狂ってきてついにこの均衡が破れる時が…。

この謎の生き物たちの正体が分かったときの脱力感。なんだなんだなんだったんだ。
緊張と緩和のギャップが大きすぎて笑ってしまうんだけど、おかしいだけじゃない怖さも。


「グッド・モーニング、ジョン・ウェイン」「<自伝小説>サッカーも得意です。」
思わず笑ってしまうフレーズや「え?なに?」ってもう一度読み返さないとわからない文章が出てきたりして、次々いろんなものが出てくるおもちゃ箱みたいで面白い。
特に「<自伝小説>サッカーも得意です。」の世界観は「ピンポン」に通じるものがあるように感じる。

「クローマン、ウン」
特権を与えられた「ネッド」と下層階級で生きることもままならない「ユン」という2つの階級に分けられた世界。
知恵を絞り必死に生き延びようとするクローマンがある日ウンという少女と出会い…。

クローマンとウンの物語は「これは、とある地球の物語である」と小さい文字で書かれているんだけど、この緊迫した物語の後に、「これも、とある地球の物語である」とあって続くのがギャンブル狂いのビンスの物語。
え?これはなに?入れ子になってる?


なになに?って頭がはてなでいっぱいになる物語もあったけど、わからないのも含めて面白い。最高だ。
SIDE Bも読まなければ!