りつこの読書と落語メモ

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神秘大通り

 

神秘大通り (上)

神秘大通り (上)

 
神秘大通り (下)

神秘大通り (下)

 

 ★★★★★

本人が思っているよりは有名な作家フワン・ディエゴは、死んだ友人との古い約束を果たすため、ニューヨークからフィリピンへの旅に出る。独身作家のこの感傷旅行は、いつしか道連れとなった怪しい美人母娘との性的関係を深めつつ(ただしバイアグラ頼み)、夢となって現われる少年時代の記憶に彩られてゆく。メキシコで生まれ育ったフワン・ディエゴは14歳。人の心が読め、ちょっとした予知能力を持つ13歳の妹ルペといつもいっしょだ。娼婦で教会付きの掃除婦でもある母は育児放棄同然。ゴミ捨て場のボスが兄妹を庇護していた。燃えさかるゴミの山から本を拾いだしては独学で学ぶフワン・ディエゴに、心優しい修道士が目をかける。ある日、不慮の事故で足に障碍を負った少年は、妹とともに教会の孤児院に引き取られ、やがて“驚異のサーカス”へ。悲喜劇の巨匠による、待望の最新長篇!  

メキシコのごみ捨て場で育った少年 フワン・ディエゴ。
娼婦の母親は育児放棄同然の状態で、フワン・ディエゴと妹のルペはゴミの山の主(ダンプ・ボス)の保護を受けている。ダンプ・ボスが父親なのかと思えば「多分そうじゃない」。しかしダンプ・ボスのおかげで彼ら二人はこのゴミ山の中で貧しいながらもそれなりに幸せに暮らしている。
フワン・ディエゴはゴミの山から本を拾い出しては読んでおり独学で英語も理解できるようになっていて、ダンプ・リーダーともよばれている。
そんな彼らのもとへイエズス会の心優しいペペ修道士が訪ねたことから、この二人の運命が動き出す。

アメリカに渡り作家になって成功をおさめたフワン・ディエゴの現在と、メキシコでの子供時代が交互に語られていく…。

アーヴィングの小説はいつも、大切な誰かを失うことは生きているなかで一番辛いことだけど人間はそのことをも乗り越えていける、そしていつか自分もそうやって死んでいくということを教えてくれる。

この小説は宗教をテーマにしているので前半はとても読みにくく、なかなかページが進まなかった。
私にちゃんと理解できるだろうかという不安を持ちながら読んでいたのだが、読み進めるうちにそんなことは問題ではないと気付き、そこからは物語にひたることができた。
なぜならここに描かれるのは私と同じ欠損だらけの人間だから。宗教を持っているかどうか、そんなことはたいした問題ではないのだ。


これを読んでいる最中に、B&Bで行われた、この本の訳者である小竹由美子さんと角田光代さんのトークショーに行った。
その時角田さんがおっしゃっていたのが、アーヴィングの作品は登場人物の内面に踏み込んで描かれていないようでいて、読者の琴線に触れる何かを伝えることができていて、それがすごい、と。
この作品でも登場人物の誰にも感情移入できないのに、フワン・ディエゴの養父母が亡くなったシーンでは本当に悲しくて泣いてしまって…。
そう言いながらこみあげるものがあったのか涙がじわっとあふれてきた角田さんに驚きながらもこちらももらい泣き…。

でもほんとうにそうなのだよなぁ。アーヴィングの小説って。
登場人物の行動は綿密に書いてあるけど内面についてはそれほど言及されていない。でもちょっとした描写や何かでとても印象的に伝わってくるものがあって、それだけにその人がいなくなるシーンがあっさり描いてあっても、ものすごい喪失感を覚えるのだ。
でもその死が決して悲劇だけではなく、ちょっと喜劇的でもあるのだ。

フワン・ディエゴもルペもエドゥアルドもフロールもペペ修道士もバルガスも…私のすごく近くにいて離れがたい存在になっている。
アーヴィングってやっぱりすごい。