りつこの読書と落語メモ

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柳家小三治と若手一門会

6/7(水)、なかのZERO大ホールで行われた「柳家小三治と若手一門会」に行ってきた。

・小かじ「馬大家」
・三之助「棒鱈」
~仲入り~
・小八「お菊の皿
 
小かじさん「馬大家」
前座の頃、つまらなそう~に落語をやっているイメージしかなかったのでなんかびっくり。面白くなってるし、言葉がきびきびして聞きやすいところやテンポがいいところは三三師匠のお弟子さんなんだなぁという感じ。
ニツ目として小三治師匠の会に出させてもらえる喜びが全身からあふれている感じがした。
 
小八師匠「お菊の皿
かみさんからメールが来て「yahoo知恵袋を見ろ」とURLが貼ってあった、というまくら。
お披露目の時はなんかこう張り詰めた神々しさのようなものを感じたけど、こうしてみるとやっぱりろべえさんなんだな、と思っておかしいやらほっとするやら。
でも「かみさん」なんて話をまくらでするようになってとってもほほえましい。
お菊の皿」、弾けてて楽しかった。
 
今日の会が若手との会だからか、自分が若かったころの話を。
 
前座の頃から私は本当に物覚えが悪かった。
他の前座は早い人だと5日、そうじゃなくても3週間あれば噺を覚えられるのに、私は1か月かかっても覚えられない。とにかく覚えられない。
もともと私は物覚えが悪くて、また「こういうものだ」とただ覚えるというのが苦手。
 
例えば柳家は最初に「道灌」という噺を教わるけれど自分はこれがいつまでたっても覚えられない。
「こんちは」「おや、誰かと思ったら八っあんじゃないか」
この挨拶だけでも、どんな家でどんな間取りでどう声をかけられたのか、ご隠居は玄関まで行ったのか、あるいはひょいっと顔を出しただけなのか、そういうことが腹に落ちないと先に進めない。
25で結婚して当時は狭い家に住んでいたんだけど、部屋でずっとこの「誰かと思ったら八っあんじゃないか」を繰り返しやっていたら、かみさんに言われました。
「イライラする」って。
 
そんなふうにこだわってとことん考えてやっているのだという自負と、そこまでしないと覚えられない自分がめんどくさい、この仕事に向いてない、と思う両方の気持ちが伝わってくる。
 
それから、今も高視聴率を誇る「笑点」に対抗して、自分が司会で生で大喜利番組をやった時の話。
自分は台本通りにやるのはいやだった。台本通りじゃないからこそ面白い化学反応が起きると思っていた。
だけど自分は「はい、スタート」って声がかかるとまず一言目がうまく出て来ない。
その時に、アシスタントで女子アナウンサーの人が付いてくれたんだけど、この人がとにかく有能で、その場その場で臨機応変に対応をしてくれて、とても頼りになった。
そんな風だからとても面白い回もあったけど、全然つまらない回もあった。
それが怖いから台本を用意するんでしょう。
 
それから深夜ラジオのDJをやったこともあった。
2時間、あれやこれやと話をつながないといけない。
当時7秒黙ると警報が鳴って警備員が飛んできてしまう。生易しい警報じゃないんだけど、これを何回鳴らしたことか…。
でも今考えてみるとあの経験が今の長いまくらにつながってるのかもしれない。
 
…ああ、楽しいっ。
前に出た三之助師匠が「今日の師匠は絶好調です。こういう時ほど危ないんですが」というようなことを言っていたけど、なるほどこういうことか!
たしかにもうこの日の小三治師匠のまくら、本当に楽しくて、師匠も話が次から次へと出てきて止まらない。
ほんとにもうずっと聞いていたいくらいだけど、時間は大丈夫?とちょっと気にもなる。
そうしたら舞台袖から時間を知らせる合図が。それに師匠が「え?」と言うと「今8時45分です!」という声。
「あと何分?」
「終演時間過ぎてます!」
「え?あら…でも…今日はこういう日だからそうは言ってもまだあるだろ?それはあと何分?」
「……15分」
 
客席に向かって「15分ですって」という小三治師匠がおかしすぎる。
どうするのかなぁと思っていたらぱっと空気が変わって「ちはやふる」へ。
 
これがもう…この日の「ちはやふるがもうとんでもなく楽しくて。
聞かれてわからない「先生」がどうにかしてごまかそうとするのと、それを聞いて金さんが「あーそうなんですか」と間に受ける様子が、もうなんともいえずおかしくて楽しくて。
何度も聞いている噺なのに、ひっくり返るぐらいの面白さだった。
 
あーーー楽しい!
もうこういう高座に出会えるからやめられないんだよなぁ。
サゲを言って頭を下げながら、ごめんねというように手を合わせる師匠が、もうほんとに落語そのものだったなぁ。たのしかった。