あひる
★★★★
【新たな今村夏子ワールドへ】
読み始めると心がざわつく。
何気ない日常の、ふわりとした安堵感にふとさしこむ影。
淡々と描かれる暮らしのなか、綻びや継ぎ目が露わになる。
あひるを飼うことになった家族と学校帰りに集まってくる子供たち。一瞬幸せな日常の危うさが描かれた「あひる」。おばあちゃんと孫たち、近所の兄妹とのふれあいを通して、揺れ動く子供たちの心の在り様を、あたたかくそして鋭く描く「おばあちゃんの家」「森の兄妹」の3編を収録。
あひるを飼うことになった家族。子どもの頃は家族の中で太陽のような存在だった弟が思春期には過程で暴力をふるうようになりしかしそれも落ち着いて巣立っていき、家には両親と自分だけ。なんとなくポカンと穴が開いたような日々を送っていた両親が、あひるを飼うようになって近所の子どもたちがあひる目当てに訪ねてくるようになり、にわかに活気づく。
子どもたちのためにおやつを用意するようになり、生きがいを見つけたかに見えたとき、あひるの元気がなくなってくる。父親があひるを病院に連れていき何日かして「病気が治った」とあひるが帰ってくるのだが…。
あひるを飼うことで近所の子どもが集まってくるようになったとか、おやつを用意し部屋を解放したら子どもがそこで宿題をやるようになったとか、心温まる出来事のはずなのに、なにかざわざわと怖い。
子どもから見た大人も大人から見た子どもも、どこか計り知れなくてぞわぞわと怖い。異質だから怖いのか、大人の寂しさやこころもとなさが怖さを誘うのか。
家族の中心だった弟が妻と生まれたばかりの赤ん坊を連れて家に戻ってくる、というのも、普通に考えたら明るい出来事なのに、この人の文章で読むと何かまた怖いのだ。
「おばあちゃんの家」も、両親とこのおばあちゃんとの関係、多くを語らないけれど何かを胸に秘めていそうなおばあちゃん、そして衰えていっているのにどんどん元気になっていくおばあちゃんがなにか怖い。
心が通じる心地よさと何かわけのわからない怖さ。それがやけにリアルでちょっとぞっとするのだ。
この人の描く物語は独自の世界観があって好き。でもデビュー作と比べるとちょっと小粒かなと感じた。