りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

あるときの物語

あるときの物語(上)

あるときの物語(上)

あるときの物語(下)

あるときの物語(下)

★★★★★

カナダの島に暮らす作家ルースは、海岸に打ち上げられたハローキティの弁当箱を見つける。中に入っていたのは、古びた手紙と腕時計、そして日記だった。日記の持ち主は、東京の中学生ナオ。彼女が書き記す日々の話に、ルースは次第に引き込まれていく。しかし、いじめに苦しむナオは自殺をほのめかす…カナダと日本、現在と過去で響きあう時間と存在。深い思索と笑いと哀しみに満ち、世界を虜にした壮大な物語。

とても良かった。
夫オリバーとともにカナダの小島に暮らすルース。亡き母の回想録を書き始めたものの創作意欲はわかず、「作家」とは名ばかりの現状に焦燥感を抱えている。
そんなある日、ルースは海岸に打ち上げられたハローキティの弁当箱を見つける。中にはビニール袋に覆われたプルーストの「失われた時を求めて」が入っていた。が、開いてみると中身は印刷ではなく、紫色のボールペンで書かれている。
好奇心にかられたルースが読んでみると、それは日本に住むナオという少女が見知らぬ誰かに向けて書いた日記だった。

父親がシリコンバレーの会社にヘッドハンティングされ、3歳の時に家族でサニーベールに移り住んだナオ。恵まれた生活は父親が会社を解雇されドットコムバブルがはじけたことで一変する。
一文無しで帰国するとこれ以上ないぐらい酷いアパートを借り、仕事が決まらない父親は鬱になり自殺にとりつかれ、父親のかわりに働き始めた母は現実から目を逸らしなにも問題はないように振舞う。
ナオは地元の中学校に放り込まれるがそこで壮絶ないじめにあうが、父にも母にも相談できず一人じっと耐え忍ぶしかない。
自分のことで精一杯でナオを助けてやることができない両親だがそれでも何かをしてやりたいと思ってか、父の祖母で尼僧であるジコウの寺にしばらく預けられる。
最初はなにもない寺に一人置いて行かれたことを悲しむナオだったが、ジコウとジコウを手伝うムジと3人で暮らすうちに、彼女の中にあった知性や生きる力が蘇ってくる…。

いいことなんか一つもなくて一人ぼっちで無力で未来は真っ暗。これ以上ないくらい傷つけられて死ぬことしか目標が見つからないような少女、ナオ。
でもそんなナオの書いている日記が恨みがましくなくユーモラスでどこか明るい。
禅の思想もナオの言葉で語られると不思議と説教くさくなくストンと心に響いてくる。
それだけにひと夏をジコウと過ごして無敵の思想を得て東京に戻ってきたナオを待ち受ける現実はあまりに酷く怒りで胸がいっぱいに…。

辛い物語だったが、104歳の尼僧ジコウに救いを感じながら読んだ。
いじめ、失業、自殺、震災、戦争…。広げた風呂敷をどうやってたたむのだろうと思っていたのだが、いや見事。
時空を越えて私とあなたが通じあえたとき、そこに希望があるといいなぁ…。
人間の悪意は死にたくなるほど酷いけれど、とりあえず今のところは生きろ。ジコウの生き様と最後に残したメッセージが素晴らしい。