りつこの読書と落語メモ

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第13回茶楽落語会

6/14(土)、Cafe茶楽で行われた第13回茶楽落語会に行ってきた。
小んぶさんを見たいなぁと思ってかわら版を見ていて見つけた会。落語友だちと3人で行ったのだが、行ってみるとお店の常連さんが多い感じでちょっとアウェイな雰囲気。でも大丈夫!なぜならビールとおつまみ付きだから〜ららら〜。(飲めば無敵)

・小んぶ「水屋の富」
・渡辺宏貢 紙芝居
・緑君「はじめての葬儀屋」

お友だちの一人が一緒に飲んだ時に「小んぶさんが気になっている」と言う。
前座の時と二つ目になりたてのころに何回か見たことがあったんだけど、落語はあまり印象に残ってなく、落語会で喬太郎師匠とトークをした時の天然ぶりが忘れられない。この人大丈夫?と心配になるくらいだったのだ、と。

えええ?私の印象では小んぶさんはまくらも結構面白いし落語もすごく面白いよ。
そんなに「ダメな子」じゃないよ。
ちょっとこれはもうなにがなんでも今の小んぶさんを見てもらわないと!(←何様)

小んぶさん「水屋の富」
ほとんどまくらはふらずに「水屋の富」に。
「八百両。八百両」とつぶやきながら縁の下を確かめるようすがなんともいえずおかしい。息詰まるような噺なので、そこが笑えるとちょっと救われるというか。
それにしても小んぶさん、さん喬師匠に似てるんだよなぁ…。なにかちょっとしたところではっとするほどさん喬師匠に似ていてどきっとしてしまう。

緑君さん「はじめての葬儀屋」
葬儀屋に勤めることになった若者。先輩にいろいろ教わるのだが中でも「この仕事は安心感を与えることが一番大切。大丈夫です、安心してください、任せてください、もう30年やってます。という気持ちでやれば大丈夫」と言われる。
先輩と二人で病院に遺体を引取りに行きセレモニーセンターに運び入れるのだが、先輩が出かけてひとりっきりの時に遺族に遺体の目が開いてしまっているからどうにかしてくれと言われ…。

古典の中には死体が出てくる落語もあって不謹慎だけどそこを笑い飛ばす精神が好きなのだが、これは新作なだけに妙にリアルで、さらにお客さんに老人も多かったので、正直「えええ?」と思ったのだ。違う噺にしてほしかったなぁ、と。
でも先週義父が亡くなって通夜、葬式があったのだが、確かにぎょっとするようなことが結構あって悲しい中にもちょっとおかしくてそういうことをあえて落語で描き出すのもいいのかも、と気持ちが変わったのだった。
それにしてもあの場にいた老人はどういう感想を持ったのかなぁ…ちょっと気になる。

落語のあとの二人のトークはぐだぐだで確かに小んぶさんって天然なのかも…と思ったりもしたのだが、その友人が「面白かった。小んぶさん、よかった」と言っていたので、「でしょう〜?」と身内のように鼻の穴を膨らませて得意がる私であった。
紙芝居もよかったし、おつまみもおいしかったし、楽しい会だった。