りつこの読書と落語メモ

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五代目柳家小さん十三回忌を偲ぶ公演 「三人寄れば一門の智恵」小三治・小満ん・小里ん 三人会

5/14(水)、イイノホールで行われた五代目柳家小さん十三回忌を偲ぶ公演 「三人寄れば一門の智恵」小三治・小満ん・小里ん 三人会に行ってきた。
小三治、小満ん、小里んの3人会なんて本当に夢のような組み合わせ。この落語会のチラシを見たとき思わずひゃっほい!と声が出てしまった。嬉しいっ!そしてその期待の上をいく素晴らしい会だった。

・さん坊「つる」
・小里ん「不動坊」
・小満ん「猫の災難」
〜仲入り〜
小三治「出来心」

さん坊さん「つる」
「至高の落語」に引き続きのさん坊さん。考えてみたら前座さんって結構凄いなぁ。こんな三人会で開口一番をやってしまうんだもの。度胸もつくわな。
落語を聴き始めたころ、この「つる」という噺が嫌いだった。繰り返しが多くて全然面白くなくてじれてしまうのだ。 今でも好きな噺ではないのだけれど、この日のさん坊さんの「つる」はちょっとくすりと笑えて良かった。やるなぁ、さん坊さん!

小里ん師匠「不動坊」
小さん師匠の思い出語りも一切なく男の嫉妬のまくらから「不動坊」。
一之輔師匠や小辰さんの「不動坊」は、おたきさんとの結婚が決まった吉のはしゃぎっぷりが激しくてそこが笑えるのだが、小里ん師匠のは非常にフラット。激しく喜んだりはしゃいだりしないんだけど、でももううれしくてうれしくてウキウキしている気持ちが伝わってきて、なんともいえずこちらも嬉しい気持ちになってくる。
借金なんかいいですいいですおれが肩代わりしますと言って値段も聞かない。

大好きなおたきさんを吉にとられて面白くない男3人もなんだか憎めない。
なんだよ面白くねぇなぁ、前座をやとって幽霊で脅かそうとするのだが、うまくいかなくてもしょうがねぇなぁと半分あきらめているような感じがする。小里ん師匠がねちっこくないからかな。
人のいい前座が事情を聞いて「ちっとも知らなかったもんだから」と二人を祝福するのもおかしい。
じんわりと楽しい「不動坊」だった。

小満ん師匠「猫の災難」
小満ん師匠も小さん師匠についての思い出語りはなく、最近私が(酒の肴で)気に入っているのはそらまめです。
あれを茹でる時に縦に少しだけ包丁を入れると食べる時にすっと皮が剥けてよろしい。覚えて帰ってください。いつなんどき私がお邪魔するかわからないですから、と。
飄々とこういうことを言うところがなんともいえずかっこいい。

小満ん師匠の酔っ払い方がもう実に楽しくて見ていてニコニコしてしまう。
たまの休みに朝から風呂に行って、こういう時に飲みたいじゃないか、なのに金がないのが情けない。
やってきた兄貴がいい酒を買ってきてそれを置いたまま今度は鯛を探しに出かけてしまうと、目の前にある酒を我慢することができない。
いっぱい飲むと物足りなくてもう一杯。
これじゃ全部飲んじゃうかもしれないと思い、そうだ兄貴の分を別に取っておいてやればいいんだ。
あ、こぼしちゃった、もったいない。と畳をちゅうちゅう。
これっぽっち残しておいてもしょうがない。全部飲んじゃえ。
なんだよほんとにいつまで鯛を探してるんだよ。一緒に飲みたかったのに。

酒飲みの勝手な理屈がなんともチャーミングで憎めない。
気分が良くなって歌を歌うところが本当に楽しそうで、あれ?小満ん師匠ほんとに酔っ払ってる?なんて思ってしまうほど。
素敵だった〜。

小三治師匠「出来心」
末廣亭の対談で話しそびれた話があって、舞台を降りてから「ああ、こういうこともあったな」と思い出したけど遅かったので今話します、と。
一時期ボーリングに夢中だった小三治師匠。マイボールにマイシューズでかなり真剣にやっていて、落語の世界じゃ花開きそうにないからプロボーラーを目指そうかしらと思ったときもあったほど。
そんな時に小さん師匠をボーリングに連れて行ったことがある。
小さん師匠は内海好江を気に入っていたから彼女も一緒に誘ったら意外なことに付いてきてくれた。
なんとか師匠にもやらせようとあれこれ誘ってみたけれど、結局最後まで自分がやろうとはしなかった。
だけど口だけはうるさくはさんでくる。小三治師匠がスペアをやりそこねると「ばかやろう!なんで倒さねぇんだ」。前座がガーターすると「どぶに落とすやつがあるか!」。
もうそのセリフだけで小さん師匠の顔が浮かんできてたまらない。なんて魅力的なひとだったんだろうと思うし、こういうエピソードがもうそのまま落語だなぁ、と思う。

あと小さんとのエピソードを話している時に有名な宿屋に泊まったんだけど…と話を始めたんだけど、宿屋の名前もそこに泊まった有名人の名前も出てこないと言って「この話はやめておきましょう」。
「顔やエピソードは覚えているんだけど名前が出てこない。こういうことが本当に増えてもう最近では恥ずかしいとも思わなくなりました。だけどそういうのは抜きにしても、やっぱりこういうのっていうのはなければないに越したことはないわけで」。
そう言われたときに、ああ…なんかすごく言いたいことが分かるなぁと思って、この人のことが本当に好きだなぁ…と思った。なんかこういうところが本当に好きなんだ、と思った。ぐっときた。

そんなまくらから「出来心」。
三鷹でたっぷりの「出来心」を見ていてさらにその後に珍しく噺の解説もあったりしたんだけど、小三治師匠の「出来心」は最高に大好きだ。 まぬけな泥棒の憎めなさ。あきれながらも見放さない親分の優しさ。泥棒にはいられそうになる人たちの当たり前の生活。空家の貸主を教えてくれる人、番台か何かに座っていて「さっきからいますよ」という人。
留守の家を見つけて入ったのに「落ち着こう」とタバコを吸って羊羹を食べているうちに2階から人が降りてきて…この会話がたまらなくおかしい。

そしておじやを食べられた男が大家さんに「あれも取られたこれも取られた」と言うおかしさ。
「裏は花色木綿」と小さな声で付け足すだけなのになんでこんなにおかしいのか。
小三治師匠の出来心は本当に最高だ。大好き。