りつこの読書と落語メモ

はてなダイアリーからブログに移行しました。

蜃気楼龍玉圓朝に挑戦‼・第25回『真景累ヶ淵 迷いの駕籠その後』

9/24(火)、道楽亭で行われた「蜃気楼龍玉圓朝に挑戦‼・第25回『真景累ヶ淵 迷いの駕籠その後』」に行ってきた。
おおっいいな、見たい!と思ったらすぐに見られるのが東京のいいところ。
この日は、「真景累ヶ淵 迷いの駕籠その後」というタイトルでやる演目が決まっていて、私は全くわからないんだけど、なんかおどろおどろしそう〜聞くの大変そう〜でも楽しみ〜とわくわくどきどき。
時間ぎりぎりだったので走って行って店に着いたときはぜいぜいぜい…く、くるしい。
前回で味をしめて入口で木戸銭を払うと同時にビールを注文。おかみさんに「駆けつけ一杯ね!」と笑われる。でへへ。

龍玉師匠、高座に上がるなり「あの…謝らないといけないことがあります」。
今日やる予定の噺ができません。次回まとめて2つやるので許してください、と。

鈴本でトリをとっていた龍玉師匠。
やる前は2日休みもあるし楽勝だろうと思っていたのだが、実際にやってみるとプレッシャーも大きいしいっぱいいっぱいになってしまった。
言い訳にしかならないけど、合間に覚えるつもりだったけど、覚えきれなかった、と。 「ごめん。許して。できない」って謝ってしまうところが、白酒師匠や雲助師匠が言っていた「世話のやける末っ子」っぽくてかわいい。

・龍玉「強情灸」
〜仲入り〜
・龍玉「景清」

1席目は「強情灸」。
これはこの間鈴本で見たんだ。できれば違う噺が見たかったけど、しょうがない。これから龍玉師匠の会には何度も行くつもりだから、違う噺も見られるだろう。
まくらでは馬正師匠が強情だったという話。こういう話は面白いなぁ。寄席ではほとんどまくらなしなので、こういう話が聴けるのが独演会のよいところ。

龍玉師匠はどちらかというと暗い噺を得意としているイメージがあるけれど、こういうただただバカバカしい噺もいい。さすが雲助師匠のお弟子さんだなぁ、と思う。
とてもよかったけど、短い噺だからもう一席やってほしかった。

仲入り後は、「景清」。
落語には「型」というのがあって、例えば生まれた時から盲目の人は怖さを知らないから杖をつきながら体が前に出る、逆に後から見えなくなった人は電車や車を見たことがあって怖い気持ちがあるから杖より体が後ろになる、と。
なるほどー。面白いなぁ。そしてこういうのを聞くと、「雲助師匠に教わったのかな」とドキドキしてしまう。ファンとは幸せなものよのう…。

定次郎は短気で強情だ。
神頼みに行っているのに、願いがかなわないと神様に罵詈雑言を投げつけてしまう。
また隣で信心しているのが若い女性とわかるとちょっと手を伸ばすような色気を見せる。
目が見えるようになると信じて着物を作ってくれた母親に申し訳が立たないと泣く。

盲目だからといって、ただかわいそうな人として描かれていないところがいい。
また定次郎に神頼みを勧める甚兵衛は、定次郎のことを心配して満願の日に寺まで様子を見に行ってくれるくらいの人なのに、雷が鳴りだすと定次郎を置いて逃げて行ってしまうのが、面白い。
決して人間を善と悪でまっぷたつに描いていないところが落語の好きなところだ。

演じる龍玉師匠も純粋さとだらしなさの両方をいい感じに醸し出していてよかった。