りつこの読書と落語メモ

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第541回 落語研究会

7/18(木)、国立劇場で行われた第五百四十一回 落語研究会に行ってきた。
今回もお友だちのピンチヒッター。ありがたや…。
うれしいことにトリが大好きな鯉昇師匠!

桂宮治「つる」
柳家一琴「蛙茶番」
柳家小里ん「お直し」
〜お仲入り〜
古今亭志ん輔「夕立勘五郎」
瀧川鯉昇「佃祭」

宮治さん「つる」。
宮治さんは今回が初お目見えということでさぞや緊張しているだろうと思いきや、にっこにこの笑顔ではねるようにしてやってきて、緊張よりもうれしさが勝っている感じ。
「つる」は笑いどころの少ない噺だと思うのだが、あちこちにくすぐりを入れて是が非でも笑わせてやるぞという意気込みが伝わってくる。
ここまで頑張ると、最後の脱力系なオチでも、ふっ…と笑えてなかなか。

一琴師匠「蛙茶番」。
私も何か趣味を持たなくちゃと思っていろいろ始めてはみるのですが、人に迷惑をかけない趣味というのが案外ないもので。
いろいろ試行錯誤していてついに見つけたのが和裁。これはいいです。自分の着物も縫えますし、と。
大きな体の一琴師匠がちくちく着物を縫ってる姿を思い浮かべるとなんだか微笑ましい。
「蛙茶番」は初めて聞く噺だったのだが、し、下ネタ…。こういうのを聞くと、落語というのはもともと男が楽しむ芸なのだな、と思う。

小里ん師匠「お直し」。
知ってはいたが聞くのは初めてだった、この噺。
落ち目になってきた女郎と客引きの若い衆ができてしまう。廓ではご法度なのだが主人が慈悲深い人で、二人を夫婦にして家を持たせ、女は女郎を引退し男は取り持ち役となり二人仲よくみせに通うようになる。
お金ができて家財道具も揃い生活にゆとりができてくると、男の方が悪い癖が出てきて女遊びをしたり博打に行ったり。そのうちみせも休みがちになり女もそうなると一人では行きづらくなり借金が増えてくる。
どうにも暮らしが立ちいかなくなると、男が「ケコロ」をやると言い出す。
ケコロというのは吉原の外れで強引に客を引っ張り込む最下級の女郎の異称。女房にケコロをさせ、自分は客引きをするというのだ。

最初はやりたくないと嫌がった女房だがこれも二人で暮らしていくため、ならばやるよと覚悟を決める。
でもひとつだけ約束してくれ。これはあくまでも仕事としてやるのだから、焼きもちは焼かないでくれ、と言う女房。
旦那はもちろんそんなことはわかってる、焼きもちなんか焼くもんか、と約束するのだが…。

これもいかにも男の噺だなぁ…。やりようによったらちょっとムカムカするような噺だが、小里ん師匠はさらっとからっとやっていたので嫌な感じはしなかった。
酔っぱらいの男がかわいかった。

仲入り後は志ん輔師匠「夕立勘五郎」。
主催者からこの噺をやってはくれないかと言われて困っちゃった。これはこういう会でやるような噺じゃない。でも言い方は優しいけど有無を言わさないからね、ええ、やりますよ、と。 これは志ん生師匠が作ったごくバカバカしい噺でして…。
と言ってから、志ん生師匠のお姉さんとの思い出話。これがとても楽しい。一家がそろって内職をしていた話やわずかばかりのお給金が出るとそれを握りしめて隣町の肉屋さんでコロッケを買って帰ってくる話。それだけでドラマを見ているようでうっとり。

そして始まった「夕立勘五郎」これがめちゃくちゃ面白い!
志ん輔師匠は寄席で何回か見ていて、あと三喬師匠の独演会の時にも見えているのだが、まじめな噺をきちんとやる印象があったので、ちょっとびっくり。
私は好きだなぁ、こういう噺。リズムがとても気持ちいいしとにかく楽しい。

トリは鯉昇師匠の「佃祭」。
いつものように体力がなくなってきたので声を張らないようにしている、公務員オチのまくらから。何回聞いても楽しくて笑ってしまう。
ちょっと声がかすれていてもしかして風邪気味だったのかも。それでも普段から声を張らないからあまり気にならないのが喬太郎師匠との大きな違いか。

「佃祭」はこの間一之輔師匠のを見たばかりなのだが、鯉昇師匠の「佃祭」はオーソドックスなかたちなのかな。
爆笑ポイントがあるわけじゃないのになんだかおかしい。
見知らぬ女に引き止められて船に乗りそびれるところ、酒をすすめられて固辞するけれど送ってもらえるならじゃあいいかとうれしそうにお酌を受けるところ。押したり引いたりするところに鯉昇師匠の面白さを感じる。

もういったんはまりだすとどうにもおかしくて最初から最後まで大笑いだった。
やっぱり鯉昇師匠はいいなぁ!と思いながら劇場を出ると外は大雨になっていた。