りつこの読書と落語メモ

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灰色の季節をこえて

灰色の季節をこえて

灰色の季節をこえて

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1665年春、イングランド中部の村がペスト渦に襲われた。村に腰を落ち着けたばかりの仕立て職人が、首にできた瘤から悪臭を放って死んだ日が始まりだった。すべてを燃やせ!―仕立て職人の遺した言葉も村人は聞く耳を持たなかった。まもなく病は燎原の火のように広がりはじめた。18歳の寡婦アンナの家も例外ではなく、幼い息子二人をたちまち死神が連れ去った。底知れぬ絶望と無力感に覆われた村では、やり場のない怒が人々を魔女狩りへと駆り立て、殺人事件さえ起きた。アンナが仕える若き牧師夫妻は近隣に疫病が広がるのを防ぐために、村を封鎖してこの地にとどまり、病に立ち向かうよう呼びかけた。だが、有力者一族は村を見捨てて立ち去り、死者はとめどなく増え続ける…。史実をもとに、巧みなストーリーテリングと瑞々しい感性で綴られる、絶望と恐怖、そして再生の物語。著者を歴史小説界の頂点に押し上げた記念すべきデビュー長篇。

イングランドの村がペストに襲われる。
医者もいなければ何の知識も情報もない。まもなく病は恐ろしい勢いで広がり始めるが、若い牧師はこの地にとどまり病に立ち向かうように村の人々に訴えかける。
18歳にして寡婦となったアンナは、厚い信仰心と情熱を持った牧師マイケルとその妻エリノアを助ける。
酒を飲んでは家族に暴力をふるう父に育てられたアンナは学校にもほとんど行かせてもらえずにいたが、美しい文章や詩への憧れを胸に抱いていた。そんなアンナの知識欲に気づいたエリノアはアンナに字やさまざまな知識を教える。いつしか二人の間には友情が芽生えるのだが…。

疫病の描写がとにかく恐ろしい。
愛しい家族、この間まで軽口をたたきあっていた隣人がばたばたと死んでいく。
原因もわからなければ治療や予防の方法もわからない。
死にかけた人々のもとを訪れた牧師は死にゆく者の遺言を書きとめ埋葬する。しかしあまりにも死者の数が多くなすすべもない。
神はなぜ自分たちにここまでの試練を与えるのか。これは魔女の呪いなのではないか。
追い詰められた人たちは信仰心や道徳心が揺らぎ始め、パニック状態に陥り始める。

疫病自体ももちろん怖いのだが、極限状態におかれたときの人間の脆さが怖い。ヒステリックになって誰かを裁いたり、悪魔を信じたり、そういう人の弱味につけこんで金を奪ったり…。
何の情報もなく隔絶された村だからこその閉塞感が読んでいてとても息苦しい。
しかしたとえば今同じように疫病が流行ったとしても、この物語と似たような状況になるのではないだろうか。
パニックを起こした時、誰かを悪者にして断じるようなことをしたり、暴力的な行動に走ったりすることは今でもよく起こることだ。

辛い物語なのだがしかし一方でこれは主人公アンナの成長の物語でもある。
虐げられて生きてきたアンナは自分の頭で考えたり発言したりしたことがなかったのだが、牧師夫妻と行動をするうちに、さまざまな物事が見えるようになってくる。
そしてアンナのどんなどん底にあっても行動しようとする力、自分より弱いものを助けようとする気持ち。それに救われる。

信仰の問題は正直ピンとこない部分もあったのだが、しかし信仰心というのは救いにもなるし毒にもなると感じた。