りつこの読書と落語メモ

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月と雷

月と雷

月と雷

★★★★★

不意の出会いはありうべき未来を変えてしまうのか。ふつうの家庭、すこやかなる恋人、まっとうな母親像…「かくあるべし」からはみ出した30代の選択は。最新長篇小説。

主人公の智は子どものころから妙に女にもてて女に不自由をしたことはないのだが、関係を持続させることができない。それどころか自分からそろそろ結婚かな?と思いそんな想いをほのめかしてみると、自分にすり寄ってきた女が次々去っていく。
なぜ自分と結婚できないのか?と女を問い詰めてみると、「あなたは生活ができない」と言われる。
そう言われて思い当たったのは、自分の生い立ち。未婚の母として自分を生んだ直子はおよそ母親らしいところのない母親であった。
次から次へと男に拾われて転々と流浪した日々。そんな生き方に疑問を抱いたこともなかったのだが、ここにきて自分のそんな生い立ちが「生活できない」と言われるような自分を作ってしまったのではないか。
そう思い至ったとき思い出したのが幼い頃に身を寄せた家で一時期一緒に暮らした女の子泰子。一緒に裸で暮らしていたあの女の子はどんな女性になっているのか。やはり自分と同様、何かが欠落したおとなになっているのではないか。そんな彼女とは深いところで分かり合えるのではないか。

一方泰子の方も一時期一緒に暮らした直子と智のことを忘れられずにいた。
直子がやってきてめちゃくちゃになった自分の家族。あれから自分は普通の道を歩けなくなったのだという恨みの気持ちと、でもあの二人と一緒に暮らした日々はとても心地よく幸せだったという想い。
どうにか自分は「普通の人生」を送りたいと願う泰子は、自分のことを優しく見守ってくれる太郎という男との結婚を目前に控えていた。
そんな泰子のもとに智が現れて、「不幸に追いつかれた」と感じながらも、智に身を任せてしまう泰子…。

育ち方によって人間のコアな部分は形成されていて、流れ者みたいな親に育てられると、普通の人間には育たない。
でもそれが不幸かといえばそうでもなく、また親と全く同じ道を行くことになるとも限らない。
そもそも「普通」ってなんなんだろう。
私自身も自分の家族が「普通でない」ことが長い間コンプレックスになっていて「普通」であることに昔から憧れを抱いていたので、普通であろうとする泰子の気持ちは痛いほどわかる。
泰子が智と会ってから、自分にとって「普通の生活」側に引っ張って行ってくれるはずの婚約者太郎に違和感を覚え疎ましく感じる…その感情の流れがとてもリアルだ。
確かに太郎は一見まっとうに見えるが、しかしその実もしかすると一番普通ではない人間、といえるかもしれない。

結局なるようにしかならないのだ。生きられるようにしか生きられないのだ。
「始まったら切り抜けなきゃならない、でも必ず切り抜けられる。」自らの意思を持たず、ただただ流されていただけの人生を送ってきた直子の台詞が妙に力強いのが面白い。

全てに共感出来るわけではないのだが、ところどころ、はっとするほど思い当たったり頷ける表現がある。 読んでいる私たちをぐいっと物語の中に引っ張り込む、物語の中に取り込んでしまうこの吸引力…。やっぱり角田光代はすごいなぁと思う。