りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

エコー・メイカー

エコー・メイカー

エコー・メイカー

★★★★

マークが、事故に遭った。カリン・シュルーターはこの世に残ったたった一人の肉親の急を知らせる深夜の電話に、駆り立てられるように故郷へと戻る。カーニー。ネブラスカ州の鶴の町。繁殖地へと渡る無数の鳥たちが羽を休めるプラット川を望む小さな田舎町へと。頭部に損傷を受け、生死の境を彷徨うマーク。だが、奇跡的な生還を歓び、言葉を失ったマークの長い長いリハビリにキャリアをなげうって献身したカリンを待っていたのは、自分を姉と認めぬ弟の言葉だった。「あんた俺の姉貴のつもりなのか?姉貴のつもりでいるんなら、頭がおかしいぜ」カプグラ症候群と呼ばれる、脳が作り出した出口のない迷宮に翻弄される姉弟。事故の、あからさまな不審さ。そして、病室に残されていた謎の紙片―。幾多の織り糸を巧緻に、そして力強く編み上げた天才パワーズの驚異の代表作にして全米図書賞受賞作。

パワーズは正直言って少し苦手だ。感情に訴えてくるより理詰めで攻めてくるイメージ。
この物語は事故に遭って脳に損傷を受けた弟マークと彼を見守る姉カリンの物語だ。奇跡的に生還したマークだが愛する人のことだけ認識できないという「カプグラ症候群」になり、カリンのことを「偽物」と言い張る。
仕事もなげうってマークに尽くし自分を認めて欲しいカリンに、「早く姉貴に会わせてくれ。お前は何を企んでいるんだ?」と残酷な言葉を投げつけるマーク。
途方に暮れたカリンは人気の神経化学者ウェーバーに助けを求め、ウェーバーはマークのもとを訪れるのだが、彼のことを単なる症例として観察するにとどまる。マークとカリンを失望させたウェーバーだったのだが、実はマークを観察しているうちにウェーバー自身が自己の崩壊の危機にさらされてしまっていたのだ。

前半は事故に遭い最も愛しているはずの姉カリンを偽物だと言い張るマークに辟易しながら読んでいたのだが、果たしてマーク一人がおかしいのか?カリンもウェーバーもまた姉弟が慕う看護師もみなどこかおかしいのではないか?と思えてきた。

登場人物は皆不安定でおぼつかないが、読者である私たち自身が危うい場所に立っているのだと気付かされる。
そもそも自分を自分たらしめているものはなんなのだろう。本当の自分とはなんなのだろう。何をもって「正常」だと言えるのだろう。
瀕死状態のマークに謎のメッセージを残したのは誰かというミステリーの要素も絡めつつ、また教信的な母と暴力的な父に育てられた姉弟の内面にも迫りながら、物語はクライマックスを迎える。

読み終わってからも、飛び立っていく鶴の姿と鳴き声が頭から離れない。