りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

無分別

無分別 (エクス・リブリス)

無分別 (エクス・リブリス)

★★★★★

「おれの精神は正常ではない、と書かれた文章にわたしは黄色いマーカーで線を引き、手帳に書き写しさえした」。主人公の男は、ある国家の軍隊による、先住民大虐殺の「報告書」を作成するため、千枚を越える原稿の校閲の仕事を請け負った。冒頭から異様な緊張感を孕んで、先住民に対する惨い虐殺や拷問の様子、生き残った者の悲痛な証言が、男の独白によって、延々とつづけられる。何かに取りつかれた男の正気と妄想が、次第に境界を失う。ときおりセックスを楽しむこともあるが、心はいっこうに晴れない。やむをえず郊外に逃げ出しても、心身に棲みついてしまった恐怖、不信、猜疑心に苛まれ、先住民の血を吐くような証言が反復される。やがて、男の目には「虐殺者の影」が見え隠れし、身の危険を感じるようになる…。

主人公は自分が書いた本のせいで国にいられなくなり亡命した作家。
亡命先で、ある国家の軍隊による先住民虐殺の「報告書」の校閲の仕事を請け負う。
千枚を越える「報告書」には、先住民に対する虐殺や拷問の様子や生き残った者たちの悲痛な言葉が淡々と綴られている。
「報告書」の中から気になった言葉や美しい表現を手帳にメモして身近な人たちに読み聞かせるが、誰からも反応を得られない。
「報告書」に綴られる残酷な出来事に徐々に精神を蝕まれていった主人公は徐々に精神の均衡を失っていき…。

主人公の抱く恐怖や猜疑心が現実なのか妄想なのか、もしかしてこの報告書自体も彼の妄想の一部なのではないか…。
息継ぎができないような文章に、読んでいるこちらも正気を失いそうになってくる。

唯一の救いが彼のとほほなアバンチュール(これは笑える!)と残虐な文章の中にさえ美しい文章や詩を見出す感性。
正気を失ってむしろ良かったのだという安堵は、最後の文章を読んで打ち砕かれた。
そして解説を読んでこの報告書が実際に存在するものであったこと、大虐殺が実際にあった出来事だと知って愕然…。それをこんなふうにユーモアをもって読ませる手腕が凄いと思った。