りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

ブルックリン

ブルックリン (エクス・リブリス)

ブルックリン (エクス・リブリス)

★★★★★

1950年代前半、アイルランドの田舎から大都会ブルックリンへ移住した少女の感動と成長の物語。船出、奮闘、恋愛、そして思わぬ事件と結末が…。コスタ小説賞受賞作品。

読んだ人の感想をチラ見してきっと好きだろうと思ってはいたけれど、やはりとっても好みだった。

主人公のアイリーシュはアイルランドの田舎町エニスコーシーで母と美しい姉ローズと3人暮らし。
兄たちが家を出てしまい、気をぬくと寂しさが押し寄せてくる3人の暮らし。
生活はローズが支え、アイリーシュは女学校を出て簿記の講座も受けている才気はあるが、地元ではろくな職もない。兄たちもそれで家を出てイングランドへ行っているのである。
そんなアイリーシュの将来を思い、母と姉は彼女をアメリカに送り出す。ブルックリンのアイリッシュコミュニティにコネを持つフラッド神父が口添えしてくれ、ブルックリンに渡った後も面倒をみてくれるというのである。

自分を犠牲にして送り出してくれるローズの気持ちを思い、故郷を離れたくないという気持ちを隠してブルックリンに旅立つアイリーシュ。
ホームシックに苦しみながらもデパートでまじめに働き夜は簿記の学校に通い下宿先の個性豊かな女性たちと調子を合わせたり時には主張したりしながら、徐々にブルックリンでの生活に慣れてきた頃、イタリア移民の若者トニーと恋に落ちる。
トニーが語る二人の未来について戸惑いながらも歩いていこうとしている最中、故郷から連絡が入り、帰国をよぎなくされる。

とにかく主人公のアイリーシュがとても魅力的で、読んでいて何度も「好きだなぁ…」と思った。
まじめで堅実で不器用だけれど、きちんといろいろなことを冷静に見ていてちゃっかりしているところもあって素直でかわいい。
恋に溺れて道を踏み外しそうにみえて、きちんと踏みとどまることもできるのだけど、時には流されてしまうこともあり。
若さゆえの傲慢さや一途さも時折見えてそれが読んでいてとても愛おしい。

故郷に帰ったアイリーシュは母をはじめとする田舎の人達の善意と常識にからめとられ、思考停止のような状態に陥る。そんな彼女を救うのが、かつての雇い主の悪意というのが皮肉だけれど妙にリアルだ。
故郷とブルックリンの間で立ちつくす彼女が切なくもあるが微笑ましくもある。

また姉のローズや、恋人のトニーとその一家、フラッド神父、家主のミセス・キーホーと脇をかためる人たちもとても魅力的だ。船旅で同室となった女性や夜間学校の教師、古本屋の店主など一度きりしか出会わなかった人たちもみな忘れがたく印象的だ。

故郷を持つことと故郷を離れること。どちらかを選びどちらかを捨てること。自由であることと縛られること。
全てが二者択一ではないけれど、全てを得ることはできなくて、また何もかもを自分で決断して選択できているわけではない。
アイリーシュの人生はまだ始まったばかり。これから彼女がどんな人生を送ることになるのか、故郷とどう折り合いをつけていくのか。物語のつづきが知りたいと思った。
そしてこんな繊細な物語をこんなコワモテなおじさんが書いたのか!と背表紙の写真を何度も見つめた。
とても素晴らしい小説だった。出会えてよかった。