りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

墓地の書

墓地の書 (東欧の想像力)

墓地の書 (東欧の想像力)

★★★★

いかがわしい占い師に「『墓地の書』を書きあげる」と告げられ、「雨が降ったから」作家になった語り手が、社会主義体制解体前後のスロヴァキア社会とそこに暮らす人々の姿を『墓地の書』という小説に描く。

舞台になっているのはスロヴァキアの都市コマールノ。語り手は主人公でもあるサムコ・ターレ。知的障害を持ちダンボール回収の仕事をするサムコ・ターレは、アル中の占い師の予言通り「墓地の書」という本を書く。これがその作品なのである。
解説を読んでみると、本当の作者は別にいて、「サムコ・ターレの書いた作品である」というところが作品の一部であることがわかる。

サムコ・ターレは自分がみんなに尊敬されていること、貯金もあること、ユーモアのセンスがあることを執拗なほど自慢する。
最初はユーモラスに思えた語りが、読んでいるうちに徐々に薄気味悪く感じてくる。

言葉の裏や人の行動の真意を読めないサムコは、家族さえも密告し自分は正しいことをしていると疑わない。
サムコが「親友」と呼ぶグナール・カロル博士という共産党の人物は、明らかにサムコを「密告屋」として利用しており、サムコが博士への賞賛を繰り返すほどにこの人物への嫌悪感が増してくる。

そしてサムコはゾッとするほどの差別意識を全く無自覚に表す。ジプシー、黒人、そしてハンガリー人に対する差別。
自分は人種差別者ではないと繰り返し言いながら、上記人々に対する蔑視を隠そうともしない。
そしてサムコ自身が知的障害をもつ回収屋という差別される側の人間という皮肉。

社会の変化にまるでついていけないサムコ。
今まで善としていた物が一夜明ければ悪と呼ばれることに、子どものようなサムコが対応できるわけがない。
何度も繰り返される自慢話に読んでいるこちらの神経がやられそうになるのだが、サムコ自身が歪んでいるのではなく、社会そのものが歪んでいるのをある意味真っ白な状態のサムコがそのまま映し出しているのである。
なんとも言えず嫌な後味だが、何か独特な吸引力のある小説だった。