りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

野性の蜜: キローガ短編集成

野性の蜜: キローガ短編集成

野性の蜜: キローガ短編集成

★★★★

ラテンアメリカ随一の短編の名手、魔術的レアリスムの先駆者と評される鬼才キローガの傑作小説集。代表作『羽根まくら』をはじめ、幻想小説、恐怖小説、密林小説等々、ポオ、チェーホフ、キップリングの衣鉢を継ぐ、生と死、リアリティと幻影が渾然一体と化した、完璧精緻な短編30篇を収録。うち8割は本邦初訳。

全編に漂うのは濃密な死のイメージ。キローガの描く死は、避けられない運命、全ての終着点としてそこにごろりと横たわる。それはキローガの両親、妻、友人と身近な人たちがみな自殺や事故死をしていることと決して無関係ではなかったのだろう。そしてキローガ自身も病気を苦にして自殺している。

読んでいるうちに息苦しくなってきて、もう無理かも…と思いながらも、ページをめくる手を止めることができない。
これは短編じゃなければ読めなかったな、しんどすぎて。
いや〜な後味の作品が多かったのだが、振り返ってみるとどの作品も嫌いじゃないということに気付いて驚く。

・「舌」
おしゃべりな友人に悪意のある噂を流されたために、患者を失った歯科医。復讐をするために「私」はその友人に近づき油断させ、ついには彼の歯を治療する機会を得る。まさにまな板の上の鯉となった憎き友人のこの悪意に満ちた「舌」にメスを入れたのだが…。ひぃーーー。
わずか二ページでいきなり狂気と恐怖の世界に引きずり込まれる。まさに掴みはOKである。

・「ヤベビリの一夜」
ヤベビリの沼地に「私」と同行したハンターはマラリアにかかっていて、夜になると発作を起こす。発作を起こしたハンターが見ているのは幻なのか現実なのか。
このほかにもジャングルをテーマにした物語が幾つか収められているのだが、キローガが描くジャングルは人間を拒むような圧倒的な野蛮性と悪意に満ちている。
キローガ自身ジャングルに魅せられ、繰り返しジャングルに入って行っていたらしいのだが、それはジャングルに魅せられていたのか死に魅せられていたのか…。

・「羽根まくら」

ネムーンは長い慄きだった。
こんな書き出し…。幸せの絶頂であるはずのハネムーンが長い慄きであるならば、その先には何が待っているのかといえば、やはり死が待っているのである。
わけのわからない不吉な何かにとりつかれて一気に破滅へと向かっていく。これはこの短編集の中で繰り返されるパターンである。

・「転生」
動物園を訪れた主人公ボースはテナガザルの檻の前で声を聞く。「河が増水している」 それは檻の中にいる一匹のテナガザルが発した声だった。
テナガザルがしゃべる言葉はボースの心の奥底、記憶の最も秘められた部分に訴えかける何かがあり、ボースの最も遠い記憶を動揺させる…。
その結果分別を失ったボースは、そのテナガザルを誘拐して家に連れて帰ることを計画する…。
これはなんだかもうとても不吉で悪意に満ちた物語で、読んでいてふにゃふにゃふにゃ…と力が抜ける。ああ、このキローガという人はきっと人間が嫌いだったんだなぁ…と嫌〜な気持ちになるのだが、この衝撃のラストはきっと私の頭から離れないと思う。

・「頸を切られた雌鳥」
幸せな夫婦に授かった赤ちゃんは生後20ヶ月の時に恐ろしい発作が襲い、知力も理性も本能も全て失われてしまう。
失意の底にあった夫婦は次の子にのぞみをかけるのだが、その子も18ヶ月の時に同じ発作が起きて知力を失い、その後に授かった双子も同じことに…。
その後ついに女の子が生まれ彼女だけは発作をおこさず健やかに成長していくのだが、娘を溺愛する夫婦は、もはや4人の息子にどんな愛情も掛けられなくなってしまった…。
いやもうこれがまた酷い話なんだよう…。このタイトルが何を指しているかわかるラストはほんとにもうぞぞぞ…。

・「狂犬」
主人公がある日狂犬に噛まれて狂犬病になっちゃうんですよ…。あう…(もう感想を書く気力がなくなってきた)

・「ヴァン・ホーテン」
フランドル地方出身のベルギー人のヴァンホーテン。不死身の彼がある日小屋でずぶぬれになって死んでいて…。
これも不吉な物語なのだが、ここに収められている物語の中ではまだ少しユーモアというか作者の視線が少しだけ温かい気がする作品。

その他、人間の中で育てられた虎の物語「フアン・ダリエン」、劇場に住む幽霊の物語「幽霊」、モレルの発明の原案になったといわれる「吸血鬼」も印象深かった。