りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

雲をつかむ話

雲をつかむ話

雲をつかむ話

★★★★★

人は一生のうち何度くらい犯人と出遭うのだろう——。
わたしの二ヵ国語詩集を買いたいと、若い男がエルベ川のほとりに建つ家をたずねてきた。彼女へのプレゼントにしたいので、日本的な模様の紙に包んで、リボンをかけてほしいという。わたしが包装紙を捜しているうちに、男は消えてしまった。
それから一年が過ぎ、わたしは一通の手紙を受け取る。
それがこの物語の始まりだった。

読み始めてすぐに「ヤバい。これすごく好きだ。」とドキドキしてしまった。
現実のようで幻のようで目覚めながら夢を見ているような…まさに雲をつかむ話。

人は一生のうちに何度くらい犯人と出遭うのだろう。

こんなドキっとする一文から始まる。
犯人になんかにそう出遭うものじゃないだろう?と思うのだが、「私」は何度かそれとは知らず犯人と話をかわしたことがある、と言う。
そんな犯人たちとの思い出を語りながら、「雲づる式」にああいうことがあった、そういえばあれはなんだったんだろう?と話が展開されていく。

あとから「犯人」だとわかり、そうするとそれらの人たちのことが頭から離れなくなる。
いったいどうして?なぜ?という興味とともに、自分も何か犯罪を犯したわけではなくても例えば独裁国家の手によっていつか逮捕されるかもしれないという畏れを抱くようになる。
質問をしすぎて逮捕されるかも?今の自分の行動が監視されているかも?

つかみ所がないようでいて、時々すごく共感できて、総じてユーモラス。
変わりやすい気分は急降下する飛行機のようで、話がコロコロ転換していくのは夢のようでもある。
そして何より文章がいい。言い回しが素敵で思わずメモをとりたくなる。

バスに乗ってきた10歳ぐらいの少年。かわいい顔と裏腹に暴言を吐き続ける。乗客に何を言われても挫けず弱らず、相手の傷つくことを直感的に探り当てて口にする。
いったいどんな子なんだろう?と「わたし」が自分をなくした目で少年の目を見つめていて、長い時間が過ぎてふいに「わたし」が微笑むと、暴言少年もにっこり微笑む。

「その袋の中に何が入ってるの」と訊くと、少年は気持ち悪いほど素直に袋を開いてみせて、「今日、学校で影絵を作ったんだ」答えた。ボール紙を切り抜いて作った狼のお面だった。お面に触れる少年の指があまりにも短く、ふっくらしているので、わたしは唾をのんだ。

昔もらった犯人からの手紙を探そうと屋根裏部屋に入ったわたしは、瓦の隙間から青空を見る。

神は別の光の中にいるからわたしたちの目には見えないのだそうだ。だから本当にいるかどうか目で見ただけではわからない。それでも神はどうしても姿を現さないといけない時にはフォルクスワーゲンではなくて雲の車に乗って、雲で身体を隠して現れるのだそうだ。

なにがどういいかというのを言葉にするのが難しいのだが、とにかくすごくハートにマッチしたので、多分この人の書いたものはどれも好きなんじゃないか、という予感がしている。
他の作品も次々読んでいこうと思う。