りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

残念な日々

残念な日々 (新潮クレスト・ブックス)

残念な日々 (新潮クレスト・ブックス)

★★★★★

生まれたての息子を自転車の前の郵便袋に入れ、馴染みの飲み屋をめぐって友だちに見せびらかして歩いた父。ツール・ド・フランスさながらの酒飲みレースに夜な夜な血道を上げる呑んだくれの叔父たち。甲斐性なしの息子どもを嘆きつつ、ひとり奮闘する祖母。ベルギー、フランダースの小さな村での、貧しく、下品で、愛情にみちた少年時代。最初から最後まで心をわしづかみにして離さない、びっくりするほどチャーミングでリリカルな、フランダース文学の俊英による自伝的物語。金の栞賞、金のフクロウ文学賞読者賞、高校生によるインクトアープ賞受賞作。

とても良かった!好きすぎて読み終わりたくないくらい好きだった!

ベルギーの小さな村で主人公ディメトリーは大酒飲みの父と叔父たちそして祖母と暮らしていた。
ド貧乏で不潔で悪癖だらけで酒びたり。メチャクチャなんだけど、祖母は息子や孫たちに惜しみない愛を注ぎ家族は団結していて底抜けに楽しい日々。

村の憧れの的だった美しい叔母ロージーが娘を連れてこの不潔な実家に戻ってきて、お上品でチャーミングな従妹と過ごした甘酸っぱくもぎくしゃくした数日間。
ライアーズカフェで行われた大酒飲みの世界記録を打ち破るための大会。
叔父ポトレルが考案して開催された酒のツールドフランス
財産差し押さえでテレビを失った彼らがロイ・オービンソン見たさに見知らぬ人の家でテレビを見る。

しかしそんな日々を振り返る主人公自身は、ある年齢で里親に預けられ教育を受け実家から逃れて作家として成功しているのである。
離れたからこそ客観視できるし懐かしいし愛しいのだ。

バカバカしくて大笑いできるような日々の回想の中に、時折どきっとする出来事が挟み込まれている。
主人公を育てている環境と状況を見に、青少年育成課の役人が家を訪ねてきたり。(おそらくこの後に彼は里親のもとに送られるのである)
重度のアル中だった父が依存症クリニックに入院したり。その父が早くに亡くなったり。

作家として成功した主人公だが、自分の結婚した相手と生まれてきた息子に愛情を抱くことができない。
離婚した後の息子との面会日もお互いぎくしゃくとして打ち解けられない。
そこでふと思いついて、息子を叔父たちが暮らす村に連れて行くというのが最終章だ。 息子を叔父たちに会わせたいと思ってつれてきたのは自分なのに、息子にマズット(ビールとコーラを合わせた飲料)を飲ませスロットをやらせる叔父たちに、「おれの息子に何をする!」という思いを抱かずにはいられない。

父と叔父たちと過ごした日々は自分の中では忘れられない日々で、叔父たちのことをどうしようもないほど愛してるけど、しかしもう彼らと同じではなくて、そのことに違和感と罪悪感を感じる。
でも間違いなくあの残念な日々が主人公を作っている。
愛する家族でも全てを肯定して全てを受け入れることはできない。だけどそれは間違いなく自分の血となり肉となっている。

ダメだけど愛しいところと、愛しいけれどダメなところ、その両方がきちんと描かれているところが素晴らしい。
残念な日々をただ懐かしく描くだけではなく、現在の空虚さも含めて描いているところが、この作品の稀有なところだ。ブラボー。