りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

慈しみの女神たち

慈しみの女神たち 上

慈しみの女神たち 上

慈しみの女神たち 下

慈しみの女神たち 下

★★★★★

わたしはナチスの殺人者、しかし人間である。筆舌に尽くし難い、恐るべき歴史はいかにして起こったか――若干38歳の著者が、驚異的な知識と想像力で挑む。小説の域を超えたリアルさで世界的絶賛を浴びた、ナチ親衛隊将校の物語。2006年ゴンクール賞・アカデミー・フランセーズ文学大賞W受賞

フランスでレース工場を経営する老人アウエは、かつてはナチ親衛隊将校だった。自らの手で幾つもの命を奪いながら生き延びた彼が、これらの出来事がどのようにして起こったのか、そのすべてを語りはじめる。
ユダヤ人絶滅を正義と考えた彼らがどのように行動していったのか、真意はどこにあったのか、手を下した人たちはみなユダヤ人を憎んでいたのか、サディスト集団だったのか。
「将校」という立場から彼はこの歴史をどのように見ていたのか、どれほどの罪を重ねてきたのか。

ナチスの話は今まで何冊も読んできたけれど、加害者側の立場からここまで克明に綿密に描かれた話を私は読んだことがない。
感情を排してひたすらに淡々と語られるのが、ものすごく残酷で醜悪で、だけれどもそれがある意味「避けられないこと」であるとみなが思ってしまっているというあたりが、なんだか妙にリアルで恐ろしい。

語り手であるアウエは私たちに何度も言う。「私とあなたに違いなどない」と。
戦争になったら、あなたには目の前にいる敵を殺さないという選択はできない。
ユダヤ人を運んだ電車の運転手、健康診断をした医師、服を脱がせた看護婦、スイッチを押した人間、彼らの罪に重さの違いがあるのか?みな自分に与えられた仕事を一生懸命こなしただけなのだ。
戦後非人間的なことが多く語られたが、実際には非人間的なことなど一つもない。全て人間的なことだった。

これらの言葉はまるで「呪い」のように、いまも頭にこびりついている。
確かにそうかもしれない、と思わずにいられないような説得力がある。

その一方で、アウエは双子の姉との近親相姦から女性を愛することができなくなり男性としか関係を持てなくなっていたり、失踪した父親への恋慕と再婚した母への恨みを消化することができず一線を越えてしまったり…と、決して共感できない個人的な物語も語られていき、それは「これはもしかすると信頼できない語り手なのかもしれない」という感じもあるのだ。
アウエは明らかに狂っているけど嫌になるくらい普通な面もあって、それが読んでいてすごく苦しい。

とにかく圧倒的な物語であった。正直まだ全然消化しきれていない。打ちのめされてよれよれになっている状態だ。
この作品が20国で訳されてベストセラーになって賞もとったけれど批判も多かったというのにも頷ける。
でも間違いなくこれはフィクションの底力を見せつけるような作品であるし、全てを理解できたわけではないけれど読むことが出来てよかったと思う。