りつこの読書と落語メモ

読んだ本と行った落語のメモ

蛙鳴

蛙鳴(あめい)

蛙鳴(あめい)

★★★★★

堕せば命と希望が消える。産めば世界が必ず飢える。現代中国根源の禁忌に莫言が挑む。

「神の手」と呼ばれ、幾人もの赤ちゃんをとりあげてきた優秀な産婦人科医だった叔母が、一人っ子政策の先頭に立ち、今度は避妊やパイプカットを積極的に進め、果ては産みたがっている妊婦を追いかけていって堕胎を行う。
何人もの赤ちゃんをとりあげてきた手で、幾つもの命を奪う。全ては大義のために、国のために…。

ものすごく強烈で悲惨な話なのだが、ユーモアたっぷりに描かれているので、胸を痛めながらも夢中になって面白く読んでしまった。

叔母さんは、堕胎させるため、時にはモーターボートで逃げる家族を追いかけ、妊婦を匿った家の木をなぎ倒す。
抵抗する家族に頭をかち割られても、鋏で足を切りつけられても、決して怯まない。 自分のしていることは間違っていない、国のため、人類のためなのだ、と信じているからだ。

そんな考え方にはまず拒絶反応が出てしまう私なのだが、しかし不思議と叔母さんのことが嫌いになれない。
それはこの物語を語るオタマジャクシも基本的には自分の国を圧倒的に愛し信じていて、叔母さんの行動を時に「行き過ぎ」と思いながらも、決して全てを否定はしていないからなのかもしれない。

子孫を残したい欲求、子どもを産むことが国の繁栄につながると今まで言われて来ただけにいきなり「一人っ子」を共有されても受け入れられない気持ち、自分のお腹に宿った命を大切にはぐくんで産みたい気持ち、全てを踏みにじるような運動の先頭に立つ叔母さんは、疎ましがられ憎まれる。
暴力にも嫌がらせにも弾圧にも負けなかった叔母さんだけど、退職した後は、蛙の声に怯え、常軌を逸していく。
それは罪悪感のせいなのか。贖罪なのか。

起こったことだけを聞けば「なんて酷い…!」と思うし、叔母さんのしてきたことにには嫌悪感を抱くけれど、でも誰もが過酷な現実を必死に生き抜こうとしていたんだなぁ…と、善悪でははかれない生命力のようなものも感じる。
悲しいけれど少しだけおかしい。だから目をそらさずに読むことができたのかもしれない。そこにフィクションの力を感じた。
そしてつくづく中国って面白い国だなぁ、と思った。